「シャブ屋の懺悔」木佐貫真照

「シャブ屋の懺悔」木佐貫真照

覚醒剤の恐ろしさを知り尽くした人生をふりかえり、その更生に挑む。

 「赤い血を黒く濁らす白い粉」と例えられる覚醒剤は、今や日本国中に氾濫し蔓延している。人間の心と身体を蝕む覚醒剤は、まだまだ増える一方でその病巣は深い。現在少年少女から一般の家庭の主婦まで、覚醒剤汚染は広がり、警察や麻薬捜査官達は、一般市民の協力を求め全力をあげてその撲滅に努力している。そうした努力をあざ笑うかのごとく、密売人や中毒患者は年々増加する一方である。

 なぜ、ひとは覚醒剤に手を出すのか?あまりにも気軽に覚醒剤を手に入れることが出来るからである。ある売人はこう言って豪語した。「シャブさえあれば、患者はいくらでも作りだせる」

 日本最大のスラム街と言われる通称・愛隣地区、釜ヶ崎と言ったほうが全国的には通りが良いが、大阪市西成区にあるこの街は、暴力とクスリと売春、そして労働者と極道がもっとも多く住む街である。ここでは弱肉強食が正義としてまかり通る。

 愛隣地区に一歩足を踏み入れると、道路沿いに人が酔い潰れて寝込んでいるし、その横では喧嘩をしているという騒然たる街である。昼日中から酒が飲める街で、普通の人はこの地区に立ち入ることはない。立ち入るには相当の勇気と度胸が必要である。犯罪者も多数潜伏している。ときおり全国指名手配された重要犯人が逮捕されて新聞やテレビを賑わす。

 一度この街で暮らすとなかなか抜け出すことはできない。この街が実に気軽に生活できる街だからである。ただし普通の生活やプライドは捨てなければならない。街では道端に覚醒剤の売人が立っている。大胆にもその場で中毒患者に覚醒剤を売る。まるでタコ焼きの屋台でタコ焼きを売るがごときで、平然として罪悪感もなにもない。お天道様の輝く昼間から深夜まで堂々と営業している。

 私はこの麻薬と暴力が蠢く街で、極道として生き、覚醒剤の密売をシノギとして生きて来た。その間に、私の身近で起きた覚醒剤中毒者達が繰り広げる、おかしくも哀しい、そして驚愕するような話を忠実に綴った。それはないでぇ~と思われるような話もあろうが、哀しいことにすべて事実なのである。なにしろ覚醒剤中毒者は常識でははかれない。こうした事実を赤裸々に明らかにすることで、覚醒剤を射つとこうなりますよ!と警告を発しているつもりである。

(平成15年版 実録シャブ屋Ⅲより抜粋)

 

日本の極道組織は、麻薬や覚醒剤の禁止を標榜としているところが多い。一般の人は、これを世間を取り繕う見せかけと見ています。だがこれは必ずしも正しくない。一般の人は覚醒剤が作る人格がどれほど酷いものかを知らないから、そう思うのです。

覚醒剤が作った人格だけはどうしようもない。煮ても焼いても食えず、矯正不可能と思わずにはいられない。間近に覚醒剤で狂った者達を見る機会の多い極道やヤクザ者は、覚醒剤中毒者がどういうものか、身をもって知っているのです。

効き目になって翔んだポン中には、ヤクザも勝てない。短絡思考と無責任ぶりは、びっくりするほどで、最後は嘘だけで世渡りをするようになるのがその末路です。極道組織にとって、そんな者達は何の役にも立たないし持て余すだけ、へたをしたら組織が大きな迷惑をこうむることになります。

私はシャブを密売していたが、一貫してポン中ではなかった。「シャブ屋」として誇りとプライドを持って生きてきました。「シャブ屋」として関西地方では超の字が付くほど有名な私だが、曲がりなりにも己の若い者30数名を抱える木佐貫総業の会長として、大阪市浪速区大国町に組事務所を出せたことは、ヤクザとしての誉れでした。

私の極道としての出発は、わずか16歳で組員と縁を持ったことからはじまった。それ以来、この道を一筋に生きてきて、その人生は、反省はしても決して後悔しないという信条を持っていました。極道、ヤクザとして生きたことの善し悪しは、私が棺桶に入ったときに決まることで、今は精一杯生きるだけです。

梅の木は、苛酷な冬に耐え忍んで、おとずれるであろう春を待ちわびているのです。そして、春のおとずれとともに、百花に先駆けて花を咲かせる。冬が終わらないうちから咲く梅を「寒梅」と言い、その梅の木を「忍梅」と呼んで、人々は親しみ敬うのです。

(中略)

覚醒剤というクスリがシャブと呼ばれる所以は、「密売人に骨までシャブられる」からである、ということを決して忘れないでください。シャブと言うクスリは恐ろしいクスリです。

(平成15年版 実録シャブ屋Ⅲより抜粋)


 

昔のブログから
2014年10月22日
覚醒剤を止める方法


覚醒剤を止める方法

シャブを長年射ち続けると確実に薬物依存症になる。

いかにシャブを止めるかは深刻な問題だ。
精神病院やその他の施設でリハビリを重ねても
そう簡単に止める事が出来ない!

私がいかに覚醒剤から縁を切ったか?
それは何も特別な難しい事をしたのではありません。

1.シャブの売人やシャブに関係する人達と
  すべて縁を切った。

2・別な楽しみ(私の場合は酒を呑んだ)や
  人生に目標を持って、それに邁進する。

3.薬を止めた人の助言を素直に聞くこと

この3つを守ることでシャブは断つことが出来る筈だ。

私には「ダルマ塾」を設立して依存者の支援をするのが目標だが、
この「ダルマ塾」はシャブを射ちたいと思っている者を
どうにかすることは正直できない。

何故なら討ちたい者は、親兄弟がいくら説得しようが
聞く耳をもたず、話を聞かすのは無理な事。

あくまでも、どうしてもシャブを止めたい、
でも中々一人ではやめられないと苦しんでいる人たちを
支援する団体なのです。

覚醒剤を止めたい人、そう真剣に考えている人の
力になりたいと思っています。