「シャブ屋の懺悔」木佐貫真照

「シャブ屋の懺悔」木佐貫真照

覚醒剤の恐ろしさを知り尽くした人生をふりかえり、その更生に挑む。

日本の極道組織は、麻薬や覚醒剤の禁止を標榜としているところが多い。一般の人は、これを世間を取り繕う見せかけと見ています。だがこれは必ずしも正しくない。一般の人は覚醒剤が作る人格がどれほど酷いものかを知らないから、そう思うのです。

覚醒剤が作った人格だけはどうしようもない。煮ても焼いても食えず、矯正不可能と思わずにはいられない。間近に覚醒剤で狂った者達を見る機会の多い極道やヤクザ者は、覚醒剤中毒者がどういうものか、身をもって知っているのです。

効き目になって翔んだポン中には、ヤクザも勝てない。短絡思考と無責任ぶりは、びっくりするほどで、最後は嘘だけで世渡りをするようになるのがその末路です。極道組織にとって、そんな者達は何の役にも立たないし持て余すだけ、へたをしたら組織が大きな迷惑をこうむることになります。

私はシャブを密売していたが、一貫してポン中ではなかった。「シャブ屋」として誇りとプライドを持って生きてきました。「シャブ屋」として関西地方では超の字が付くほど有名な私だが、曲がりなりにも己の若い者30数名を抱える木佐貫総業の会長として、大阪市浪速区大国町に組事務所を出せたことは、ヤクザとしての誉れでした。

私の極道としての出発は、わずか16歳で組員と縁を持ったことからはじまった。それ以来、この道を一筋に生きてきて、その人生は、反省はしても決して後悔しないという信条を持っていました。極道、ヤクザとして生きたことの善し悪しは、私が棺桶に入ったときに決まることで、今は精一杯生きるだけです。

梅の木は、苛酷な冬に耐え忍んで、おとずれるであろう春を待ちわびているのです。そして、春のおとずれとともに、百花に先駆けて花を咲かせる。冬が終わらないうちから咲く梅を「寒梅」と言い、その梅の木を「忍梅」と呼んで、人々は親しみ敬うのです。

(中略)

覚醒剤というクスリがシャブと呼ばれる所以は、「密売人に骨までシャブられる」からである、ということを決して忘れないでください。シャブと言うクスリは恐ろしいクスリです。

(平成15年版 実録シャブ屋Ⅲより抜粋)


 

昔のブログから
2014年10月22日
覚醒剤を止める方法


覚醒剤を止める方法

シャブを長年射ち続けると確実に薬物依存症になる。

いかにシャブを止めるかは深刻な問題だ。
精神病院やその他の施設でリハビリを重ねても
そう簡単に止める事が出来ない!

私がいかに覚醒剤から縁を切ったか?
それは何も特別な難しい事をしたのではありません。

1.シャブの売人やシャブに関係する人達と
  すべて縁を切った。

2・別な楽しみ(私の場合は酒を呑んだ)や
  人生に目標を持って、それに邁進する。

3.薬を止めた人の助言を素直に聞くこと

この3つを守ることでシャブは断つことが出来る筈だ。

私には「ダルマ塾」を設立して依存者の支援をするのが目標だが、
この「ダルマ塾」はシャブを射ちたいと思っている者を
どうにかすることは正直できない。

何故なら討ちたい者は、親兄弟がいくら説得しようが
聞く耳をもたず、話を聞かすのは無理な事。

あくまでも、どうしてもシャブを止めたい、
でも中々一人ではやめられないと苦しんでいる人たちを
支援する団体なのです。

覚醒剤を止めたい人、そう真剣に考えている人の
力になりたいと思っています。



 

昔のブログから
2015年02月16日
塀の中は見栄と虚勢
 
先日のブログで、私用で和歌山に出かけたと
書いたところ、ある方からコメントを頂いた。
「和歌山刑務所に奥さんを迎えにいかれたのですか?」
その時ピンときた。ああ、又だなと。
丁度いい機会だと思い、今日はその事について
話しておこう。
 
私自身、アクビが出る程塀の中に繰り返し入ってきましたが
女房はごく普通の暮らしをしている女で、
1度もそう言う経験はしていない。
でも、時折り刑務所に「奥さん」がいたと
耳に入ってくるのだ。
 
若い頃から女には自他ともに認めるほど
女にはまめで、遊ぶ女が沢山いたのは事実だ。
先日も和歌山刑務所から出所してきた女が
私の顔をみるなり
「木佐貫さんの奥さんと一緒でしたよー」
と言うのだ。
「俺の女房は刑務所なんて言ってないぞ」
と返答した訳だが、よくよく話を聞くと
確かに以前、まだまだアホな事ばかりしていた当時
一緒に暮らした訳ではないが、ほんの少しの間
愛人にしていた女だった。
それならまだしも、顔も名前も知らない女でも
和歌山には木佐貫の女やと言う女が
どうも後をたたないようだ。
ま、これも有名税という事で
自分を納得させるしかないようだ(笑)