裏社会の人間と聞くと、高級クラブや料亭を思い浮かべがちだが、実際に彼らが一番通うのは牛丼チェーンやラーメン屋だったりする。
深夜の牛丼、出前一丁の袋麺、刑務所内の菓子パンの取り合い――。
胃袋だけ見れば、案外庶民的である。
だが、中には妙に“グルメ通”な強面もいる。
味だけじゃなく、接客や店の雰囲気までチェックし、「ここは皿の出し方が丁寧」「店員が笑顔だからまた行きたくなる」なんて女子大生ばりの感想を漏らす。
怖い顔をして食べログ評論家みたいなことを言うのだ。
特に面白いのは、おしゃれなバー情報をやたらと知っているタイプ。
ただし本人は絶対に行かない。
「オレが行ったら店に迷惑かけるし、すぐバレるからな」と、紹介専門で終わるのだ。
ところが、その紹介が異常に細かい。
「入口のドアは黒で、右側にカウンターがある。席は奥のソファが落ち着く」
「カクテルはジントニックが一番バランスいい。レモンは絞らない方がいい」
「女を連れて行くなら、まずチョコレート盛り合わせを頼め。そこで話がつながる」
まるで自分が常連で通っているかのように、メニューや席順、さらにはデートの段取りまでアドバイスしてくる。
実際に行った若い衆が「本当に言われた通りでした」と報告すると、得意げに「だろ?」と頷くのだから笑ってしまう。
中には、インスタ映えするスイーツの名店をやたら知っている大幹部もいる。
そのくせ本人は甘い物をほとんど口にしない。
どうやら裏社会の情報網は、グルメにおいても侮れないらしい。
結局のところ、彼らも食や酒にこだわりを持つ“人間”だ。
牛丼をかき込み、刑務所で菓子パンを取り合い、女子顔負けに接客を褒め、おしゃれバーを細かすぎるほどに指南する。――強面たちのグルメ裏話には、恐ろしさよりもむしろ愛嬌が滲んでいる。