番付上で初めて横綱の掲載される第16代横綱・初代西ノ海嘉治郎の時代までは横綱は名誉称号という性格が強かったが明治23年(1890年)5月場所からは番付に横綱の文字が掲載されるようになった。これは初代西ノ海嘉治郎浩が東正大関小錦八十吉に対して東張出大関にされ下風に立ったような形になった西ノ海をなだめる方法として横綱と記したのである。これは便宜的措置であって正式に地位とされた訳ではないが、続く小錦八十吉(初代)以後の横綱も、免許後は番付に「横綱」として記載される。現在至る。サイトより引用