レコーディングに向けて曲作りも仕上がりつつ。
やっと頭の中で設計図的なイメージも固まってきたので、
作業はまだまだあるんですが、
とりあえずここまでくれば、という辺りに来ましたので。

そんな折、梅雨も明けたということで。
たまには太陽を見なければと思い、
バイクで日の出を見に行き、ボーっとして。
私事なんですが、
90歳を突破したグランマ(祖母)が今年に入って他界していて。
大正、昭和、平成を生き抜いた大往生でした。
仕事で北海道に行くときには会いに行っていました。
リアル戦時トークを聞くのが楽しみでした。
口だけの政治家やコメンテーターと違って、
リアルにその時代を生きたグランマの話しは
とても控えめで、だけど力強く、
生きる為の根源的な真理を感じられるものでした。
とても小さな身体で、途方も無い時間を生きたグランマは、
優しく、愛らしい人でした。
毎回、僕が行くときには、
大通りの歩道まで出て来て待っていて、
帰る時には車のバックミラーから見えなくなるまで見送ってくれる人でした。
一度だけライブに来て、
楽屋で会ったときには、完全に耳栓をしたままでした。
僕が会いに行ったときに、最後まで僕のことを
「コータちゃん」と呼んだときもありました。
たくさんの記憶が刻まれています。
僕はまだ生きていますので、
向こう側の世界がどうなっているのかわかりませんが、
素敵な世界であることをイメージします。
光で観測できない宇宙の果て、
事象の地平線と呼ばれるその向こう側で
微笑んでくれている事をイメージします。
現実に生きる自分にはまだまだやる事がありますので、
とことん貫いて生き抜いていこうと。
そして、いつかまた出逢えたときに、
「よくやったね」と言っていただけるような
生き方をしなければと思いました。
そんなこともありつつ、
また凄い作品をお届けできるよう、
地下へ戻っていくのでした。

今朝もよく走ったわね。
やっと頭の中で設計図的なイメージも固まってきたので、
作業はまだまだあるんですが、
とりあえずここまでくれば、という辺りに来ましたので。

そんな折、梅雨も明けたということで。
たまには太陽を見なければと思い、
バイクで日の出を見に行き、ボーっとして。
私事なんですが、
90歳を突破したグランマ(祖母)が今年に入って他界していて。
大正、昭和、平成を生き抜いた大往生でした。
仕事で北海道に行くときには会いに行っていました。
リアル戦時トークを聞くのが楽しみでした。
口だけの政治家やコメンテーターと違って、
リアルにその時代を生きたグランマの話しは
とても控えめで、だけど力強く、
生きる為の根源的な真理を感じられるものでした。
とても小さな身体で、途方も無い時間を生きたグランマは、
優しく、愛らしい人でした。
毎回、僕が行くときには、
大通りの歩道まで出て来て待っていて、
帰る時には車のバックミラーから見えなくなるまで見送ってくれる人でした。
一度だけライブに来て、
楽屋で会ったときには、完全に耳栓をしたままでした。
僕が会いに行ったときに、最後まで僕のことを
「コータちゃん」と呼んだときもありました。
たくさんの記憶が刻まれています。
僕はまだ生きていますので、
向こう側の世界がどうなっているのかわかりませんが、
素敵な世界であることをイメージします。
光で観測できない宇宙の果て、
事象の地平線と呼ばれるその向こう側で
微笑んでくれている事をイメージします。
現実に生きる自分にはまだまだやる事がありますので、
とことん貫いて生き抜いていこうと。
そして、いつかまた出逢えたときに、
「よくやったね」と言っていただけるような
生き方をしなければと思いました。
そんなこともありつつ、
また凄い作品をお届けできるよう、
地下へ戻っていくのでした。

今朝もよく走ったわね。