MGF教会週報礼拝黙想2006年2月5日 | マラナサ・グレイス・フェローシップ(MGF)の礼拝黙想

マラナサ・グレイス・フェローシップ(MGF)の礼拝黙想

MGF教会週報礼拝黙想バックナンバー集 執筆者 MGF牧仕 菊地一徳

創世記5章の「アダムの歴史(系図)」は実は福音書そのものである。

初代「アダム」(1節)の名前の意味は「人」。彼は私たち人類の祖先である。したがって、アダムの歴史は人類の歴史でもある。

2代目「セツ」(4節)の意味は「代わりに」「定められた」。“原福音”(3:15)の「女の子孫」で蛇の頭を踏み砕くところの「彼」は、カインでもアベルでもなかった。アダムとエバの期待は裏切られた。だからこのセツこそ、その「彼」であるという願いが表れたのであろう。

3代目「エノシュ」(6節)の意味は「死ぬべき」「致命的もろさ」。人類は千年近く生きても結局は罪のゆえに死んでしまう、はかない存在である。

4代目「ケナン」(9節)の意味は「悲しみ」。死に定められた人間は確かに悲しき存在である。

5代目「マハラルエル」(12節)の意味は「ほめたたえられる(祝福された)神」。ここで急に悲哀に満ちた流れが一変する。無限なる神が有限なる人間界に介入してくださる恵みをほめたたえているのであろう。

6代目「エレデ」(15節)の意味は「降りてくるだろう」。確かに天地万物の造り主は実際に人の姿形をとって人の間に住まわれた(ヨハ1:3,14)。

7代目「エノク」(18節)の意味は「教える」。彼は生きたまま神にとられた(携挙された)特筆すべき人物で、300年間神と共に歩み、神のことばを教える預言者となった(ユダ1:14~15)。

8代目「メトシェラ」(21節)の意味は「彼の死、もたらす」。息子に随分ひどい名前をつけるじゃないかと思うかもしれない。しかし、彼の父エノクは預言者である。当然そこには預言的意味がある。メトシェラは、969歳という人類最長寿を全うして死んだが、彼の死んだ年にもたらされたもの―それこそ完全に堕落し、腐敗しきった人類をさばくあの「大洪水」であった。メトシェラが369歳の時、ひ孫のノア誕生し、その600年後、即ち彼が死亡した969歳の時に洪水が始まり、果たしてエノクの預言は見事成就した。

9代目「レメク」(25節)の意味は「絶望する」。神のさばきが迫っても当時の堕落した人々は預言者の語る神のことばに耳を傾けることがなく、絶望的状態にあったのかもしれない。レメクは、父メトシェラが965歳の時、即ち大洪水の4年前に死亡して洪水は免れている。

10代目「ノア」(29節)の意味は「休息」「安息」。

この10世代の人名の意味を順番に並べてみる。①人⇒②定められた⇒③死ぬべき⇒④悲しみ⇒⑤ほめたたえられる神⇒⑥降りてくる⇒⑦教える⇒⑧彼の死もたらす⇒⑨絶望する⇒⑩安息。これらの言葉に肉付けすると、ひとつの驚くべきメッセージが浮かび上がる。「人(は)定められた。死ぬべき・悲しみ(に)。(しかし)ほめたたえられる神(は)降りてきて・教える。彼の死はもたらす。絶望する(者に)慰め(を)」。キリストの福音が系図の中に隠されていたのだ。このアダムの系図は「最後のアダム」と呼ばれるイエス・キリストの系図(ルカ3:23~38)でもあるので、系図のメッセージが必然的にイエスの福音メッセージを伝えていても不思議ではない。聖書はすべて神の霊感によって書かれたということは紛れもない事実である(Ⅱテモテ3:16)。イエスこそ、まことの「女の子孫」(キリスト)であり、信じる者に“永遠の安息”を与えてくださるお方である(マタイ11:28~30;ヨハネ14:27)。