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2012-04-30 23:19:06

生ビール100リットル用意してくれた

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【シルバーアクセサリー】 横浜・六角橋 : きらり屋・レジェンド    のブログ-120430_230342.jpg

六角橋『SO・BAR』のマサヤ君

当日出張バーテンダー

常に行列ができてたなか
テキパキ頑張ってくれました。



お礼言いに来てます。


ありがとう!
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2012-04-30 21:29:30

おととい

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5~6人前オードブルを10皿

4~5人前フルーツ盛り合わせを6皿




店のカウンターのネタケース(冷蔵庫?)持参で





【シルバーアクセサリー】 横浜・六角橋 : きらり屋・レジェンド    のブログ-20120428_2331151.jpg
(写真撮り忘れたのでライター大橋サンのブログから無断拝借)

出張カウンター寿司100人前
ホントは室内がいいって言ってんのに無理矢理頼んで屋上で握ってくれた
六角橋の寿司屋『たけ蔵』サンとこに




【シルバーアクセサリー】 横浜・六角橋 : きらり屋・レジェンド    のブログ-120430_210133.jpg
【シルバーアクセサリー】 横浜・六角橋 : きらり屋・レジェンド    のブログ-120430_210213.jpg

お礼を言いに来てます。



















美味い!
















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2012-04-30 19:39:03

これが最後の

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お見送り












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2012-04-29 12:14:36

『笑って死ぬ』後編【そしてついに】

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ついに

2012年
レジェンド10周年を迎えたこの年に

4月29日
レジェンド11年目が始まるこの日に

俺34歳の誕生日の今日

まだ商品なんかもしっかりそろってないし、ショーケースなんかもそろってないから
『ちゃんと』
とはいえないけど




すべては中学2年生の時に決めた人生の目標

『笑って死ぬ』その為に



晴れた日に大きく見える富士山も
江の島の花火も
茅ヶ崎の花火も
そこから見えるすべてが俺の物。

















父親譲りの根性と

母親譲りの計画性で





『legend湘南』





ほぼほぼ完成

ぼちぼち営業開始









とはいえ

工房の引っ越し済んでないから
ゴールデンウィーク中はまだ引っ越しやるけどね

営業開始しても
売り場の床の板とか俺が塗装しながらだけどね

「いらっしゃっいませ~」
なんつっても
売り場で床塗装中な俺…




しょうがねえ

誕生日にあわせたかったけど
間に合わなかったし…















『為せば成る』
(やりゃできる)

皆知ってる言葉



続きは
『為さねば成らぬ何事も』
(やらなきゃできない何事も)

だいたい皆そこまでは知ってる。



でも大事なのはその後
『成らぬは人の為さぬなりけり』
(できねえんじゃねえ、そりゃやってねえって事だ)






昔から『がんばる』って言葉が好きだった。

でも
『がんばる』って言葉を
文字にするときだけじゃなく
口にするときでさえ自分の意識の中で漢字で表現するのは
俺にはまだ早い
漢字で書くと『カタクナにツッパル』って書く『がんばる』
なんて
俺にはまだまだ早すぎる

20歳くらいの頃からずっと思ってた。



人様に向かって
『がんばれよ』
なんて言えるのは
『がんばった』経験がある人『カタクナにツッパル事ができた人』だけだと思ってた。



人様に向かって
『がんばれよ』
って漢字で
言える人間になりたかった。

20歳くらいの頃からずっと。

















今なら言える。

ようやく言えるようになった。





頑張った。







悔しがる資格を得たが
悔しがる必要はない。

同時に
人様に向かって
漢字で『頑張ってね』
って言える資格を手に入れたと思ってる。

そこらへんの適当な人間の
『がんばる』とは意味が違う。

俺の『がんばる』は『頑張る』って事だから。
























なお

横浜六角橋きらり屋レジェンド本店

まだしばらく休みますが
何ヶ月かしたらリニューアルオープンします。



ほら
レジェンド10周年むかえてもさ

この10年
誰も雇わず俺一人でやってきちゃったから
六角橋と湘南と2店舗あっても俺一人じゃ開けらんないわけよ。

なので
六角橋リニューアルオープンは
もうちょい先になります。


















中学2年生14歳の俺。

高校2年生17歳の俺。

レジェンドオープン24歳の俺。

本日34歳になった俺。

ぜんぶ俺。

何も変わってない。



最高の気分だ。





































あ…





ちなみに



今年は俺にとってめでたい事盛り沢山すぎるので
10年間の感謝の気持ちを込めて
legend初となるセールやるつもりです。

でも
こんなにめでたい事盛り沢山なんて
そうそうあるもんじゃないから今後はやらないと思います。





名付けて

『legend10周年&2店舗目オープン&本店リニューアルオープン&俺、結婚するよ。皆おめでとうって言いに来てね。記念特別スペシャルセール大会祭フェスティバル』
(仮名)



略して

『安売り』
(仮名)





夏頃かな?

たぶん…



夏の終わり頃かな?

もしかしたら…





詳細は後日ブログにて発表します。

















さて



床の塗装やろかな…

















いや

せっかくの誕生日

もうちょっとサボろ





昨晩プロポーズ成功したんで
今日はイチャイチャしまぁ~す!
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2012-04-29 11:06:40

『笑って死ぬ』前編【今までの人生】

テーマ:ブログ
『笑って死ぬ』
そう決めたのは中学2年生の時。

『頭おかしくなって死ぬ』
って意味じゃない。

『死ぬ時に笑っていられるような悔いのない人生をおくろう』

自分の人生の目標を
中学2年生14歳の時に決めた。

あれから20年

今年34歳

俺の人生の目標は何一つブレてない。



高校2年生17歳の時
笑って死ぬ為に
シルバーアクセサリーを生業としていくと決めた。



2002年4月29日
24歳の誕生日
笑って死ぬ為に
横浜は六角橋に
『legend』オープン



業種を
『シルバー屋』
ではなく
『きらり屋』
としたのは
最高の笑顔を引き出す事を仕事にしたかったから。








あれから10年



途中
そりゃいろいろあったさ





オープン当時はメシもろくに食えずパン屋にミミをもらいに行った。

もったいないからとっといたらカビがはえちまったまんじゅうも食った。

『武士は食わねど高楊枝』

後輩が遊びに来たら
レジ金使ってでもメシだの酒だのはおごった。

でも
帰った後はそいつが手土産で持ってきた煎餅で三日は食いつないだ。

そんな頃でも
「若いのに頑張ってるな。何か1個買ってやろうか」

とか言われても

「欲しいと思って買っていただく物は作ってますが、『買ってやろうか』と言われて売る物は作った覚えがありませんから結構です」

と断った。



それでもやっぱり
ぜんぜん稼げねえから
まかない目当てに皿洗いのバイトもした。

バイトすんのに履歴書買ったら証明写真撮る金足りなかったりもした。

灯油もったいないから
階段上り下りして体あたためた。

オープンしてから布団買うまでにどんだけ時間かかったか覚えてねえ。

風呂がないだけじゃなく銭湯行く金もねえから
流し台で濡れタオル

冬に給湯器が壊れた時は
水しかでないでマジ寒かった。

洗濯はもちろんポリバケツで手洗い。

自分で決めた俺の生き方
辛くなんかなかった。

むしろ明日の自分が輝かしくて楽しめた。


親は心配してくれたみたいだったけど
もともと親の反対押し切って始めた仕事
「余裕余裕、儲かっちゃってしょうがねえ」
と強がった。


それでも何も知らない近所のジジババから

「好きな事だけやらしてもらえていいね、お父さんお母さんお金持ちでよかったね」
と言われる。

初めのウチはムカついてたが

贅沢品を扱う商売をやってて
貧乏たらしく見られてねえって事なんだな
そりゃいい事だ
と開き直った。



「好きな事やれていいっスね。僕等サラリーマンなんて」
と吐かしやがる同年代のバカタレ共もいた。

勝手にしやがれ。

コジキになる覚悟がねえ野郎

『自由である事の不自由さ』
を理解できねえ野郎
理解しようともしない野郎とは
同じステージの会話はできねえ
と思ってシカトした。

だって
理解できなくてもいいし
理解しようとしてくれなくてもかまわない
俺の周りにいるかっこいいサラリーマンは
初めからそんな事絶対言わないから。



こやサンが仕事の都合で1ヶ月住み込んだ時は
商店街のお惣菜屋からもらえる売れ残りが主食
それがない時はたまにこやサンが買ってくる納豆があれば裕福
贅沢にも米買って2人で5号炊いてご飯をおかずにご飯を食った。


こやサンがいなくなったら米なんて買えなかったけどね。





1周年をむかえたあたりからメディアに出始めた頃も
己を曲げない俺の姿勢に
そりゃ散々嫌われた。

当初
面白がってくれたのは
斎藤さんと栗栖さんと大橋さんくらいだったかな。

あの人達がいなきゃ
今の俺はないかもしれねえ。



3周年をむかえたあたりから
右も左もわからずメーカー業を始めてからも
他のメーカーじゃありえないような己のルールを作った。

良かれと思い
赤字覚悟でサービスしても
きれいさっぱり気持ち良く裏切る人間もいた。

悲しみや虚しさ
どうでもよかった。

あまりにひどい時は
自分が社会人でありメーカーである事を忘れ
シメに行ったり呼び出して監禁したりもした。





メシは食えるようになってたけどね。







すべては笑って死ぬ為

己が己で有りつづける為

14歳の俺に今の俺を見せて
ため息なんてつかせる気はサラサラなかった。





そんな中

ふとした事から
『このままじゃダメなんじゃねえかな…。もっとこう何か…、何つうか…、こう…。笑って死ぬ為に…』

と思い初めた。


思い立ったが吉日
いきなりデケエ動きをしてみようと試みた。









こけた…




誰も俺を認めてくれなかった。

俺を見る世間の目は
まるでゴキブリホイホイに捕まって身動きとれなくなったゴキブリを見るような

これからゴミ箱に捨てるゴキブリホイホイの中のゴキブリを見るような
そんな目だった。



悔しくて悔しくて
2日ほど悩んだ。

2日ほど悩んだ結果だした答は

『しょうがねえ』

だった。

レジェンドオープンから今まで
ゴキブリ扱いされて悔しがるような
そんな立派な生き方してきたか?俺…

しょうがねえだろ
悔しがる資格なんてないだろ

だいたい大事な打ち合わせにスーツ着てって
チャック全開だったし


しょうがねえ

とにかく
ちゃんとした人間扱いされるように生きてみよう。

それができたらチャック閉めてリベンジだ。

それでダメなら
初めて思いっ切り悔しがってやろう。

そう思った。

成功するなんて思ってなかった。

とにかく
悔しがる資格が欲しかった。
























『レジェンド3年計画』始動。

それまでも全て1人でやってきてたが
より深くより暗いところへ向かう孤独の扉を開いた。







1年目

相談する相手もいないまま
ただヤミクモに暗闇の中を手探りで歩きだす。
それが正しいのかどうかもわからないまま。
信じられるのは己だけだと言い聞かせ。



2年目

予想はしてたが
現実にブチ当たり
心折れそうになるが必死にこらえる。
まだ光は見えず手探りのまま。
『孤独』の恐怖と戦いながら。



3年目

『孤独』

限界を迎える。
心はズタボロ。
もう何度こぼれる涙をこらえたかわからない。
このまま続ける意味がわからなくなる。
もう諦めようとも思った。

が、
なんらかの光を探しに
世間が俺をどう見てるのか
まだゴキブリのままなのか
調べに行った。

もし何も変わってなかったら
無茶な計画はもうやめて
今まで通りのレジェンドの営業に戻そうと覚悟を決めて。





すると

ほんの少しだったが
光が見えた。



今までひたすら暗闇の中手探りで進みながら不安と孤独と戦っていたのに
ほんの少しだけ見えた光。



十分だ。

いける。
間違ってなかった。

そこに光があるのなら
まだいける。


その光が正しいか間違ってるかなんて
どうでもよかった。

その光の向こうにある物が
俺の思い描く物かどうかなんてわからなかった。



でも

今まではただの暗闇。

その光が小さくとも遠くとも
無ではなく有である事が嬉しかった。



それからは
レジェンド3年計画2年目以上に辛く厳しい日々を過ごしながら
新しく違う動きも始めて
とにかく見えたかすかな光を信じ疑わなかった。

それ以上に
どんなに辛くても
どんなにボロボロになっても
己を信じ疑わなかった。



なぜなら

親父の名前は
『いさぎよい』と書いて『きよし』と読む。

俺の名前は
何よりもわかりやすくはっきり曲がった直角の『直』

何よりも真っ直ぐの『直』

いずれにせよ
『潔』の息子は『直』だから。

潔く曲がってやる。
潔く曲がった己の道を潔く真っ直ぐにすすんでやる。



そう言い聞かした。

親からもらった己の名前に負けないように

親父の名前に負けないように

そう言い聞かした。











その頃から同時進行で始めた物件探しでも
どうしても人生なめきってる俺の出す条件は

「仕事しやすい環境は当たり前。
そんな物探すために今までクソみたいな生活しながら無茶苦茶な計画を進めてきた訳じゃねえ。

俺の最高のオモチャ箱を探してくれ。

だから屋上でバーベキューとか流し素麺できるのは絶対条件ね。

ま、ホントは3オン3くらいやりたいけど、そこまでは無理なら諦めますわ。

あと俺
子供いないけど子供好きだから大人も入れる大きめのビニールプールと滑り台も置くつもりでよろしく

あ、バーベキューはコンロじゃなくピットね」



そんな一見ふざけた話をしても
無茶な3年計画心折れずに実行してきた事実をわかってくれるいい大人3人は
それを馬鹿話だと言わず真剣に考えてくれた。

中でも緑川さんは最後まで俺の夢を諦めないでいてくれた。

















3.11





終わった…





全部終わった

と思った…



でもやっと見えた光を諦める事は

今までの苦労を全て捨てる事はできなかった。



ならば何とかするしかないと決め
新しい1本のロープを離さないよう
しっかりと握った。





実際
そのロープがなかったら2011年は12月を迎える事なくレジェンドは潰れていただろう。









4年目突入
次のステージへ



『孤独』



緑川さんは常に見方についてくれた。
ものすごく頼りになった。
知らない事を色々教えてくれた。

でも…



もうここまできたら色んな人に話せるようになった。

話せるようになったけど…


おかげで確かに『ある意味』今までより気持ちは楽になったけど…

それでもやっぱり
つまるところは己

今まで以上に頭を使い気持ちの面でも目の前の現実も厳しくなったのは事実。

日々の不安は消える事なく
むしろ強まる一方だった。

















『孤独』



















『寂しい』
って感情がどのくらい辛いか知ってるかい?



















辛かった。





すげえ辛かった。





何度も何度も心が折れそうになった。





何度も涙をこらえた。





でも
やっと…
いいね!した人  |  リブログ(0)
2012-04-29 10:59:39

なんちゃら

テーマ:ブログ
ゲット


って



結局
書ききれなかった…



みんな
みんな
ありがとー
いいね!した人  |  リブログ(0)
2012-04-28 20:58:24

プロポーズしました!

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成功しちゃいました。






いぇいいぇい。










パーティーの真っ最中
乾杯の挨拶にまぎれて
皆が見てる前で公開プロポーズ



うん

面白い。

















『28日納品の指輪』

俺のプロポーズ用でした。

横浜・六角橋
きらり屋・legend
最後の仕事は
『こっち』での最初の納品となりました。












へへへ
いいね!した人  |  リブログ(0)
2012-04-28 19:50:40

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2012-04-28 19:48:24

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2012-04-28 18:05:32

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