『奇遇だな、レンもここに宿泊か?』
からかうようなレインの言葉に、現実に戻された蓮は思いっきりレインを睨みつけた。
ちょうどホテルに着いた時にレインに引っ張られてエレベーターにのるキョーコを発見して、それこそ非常階段を全力疾走して駆け上がって来たのだ。
いくら普段から鍛えている蓮でも汗だくで、息が切れるというものだ。
そして、やっとドアの前で二人を見つけた時に、間に合った事にどれだけ安堵した事か
なのに、その直後に聞こえたキョーコの言葉
「レイン・・・・私・・・・敦賀さんを好きでいる為に貴方を利用しようとしているんですよ?」
・・・・・・・・・・なん・・・だっ・・・・・て・・・・?
頭を鈍器で殴られた様な衝撃というのはこういう事を言うのだと、思った。
「最上さん、帰ろう」
どうにか息を整えて、呆然と固まったままのキョーコに向かった声をかけると、その前にレインが立ちふさがった。
『悪いけど、キョーコは俺と今日は泊るんだ。勝手に連れて帰られたら困るな』
『・・・・・ほざくな。泊りたいなら一人で泊れ。彼女は連れて帰る』
なぜか自分には英語で話してくるレインに蓮も英語で返した。
ただでさえ怒りでどうにかなりそうなのに、英語で・・・本来の言語で話しているせいか、本性が出てきているのが判る。
だけど、もう取り繕う気も無かった。
あと一歩で彼女を失う所だったのを目の当たりにしていれば
『彼女には聞きたい事もある』
更にそう言えば、キョーコの肩がビクリと震えたのが判った。
自分の言葉がすでに蓮に聞こえていたのは判っているようだった。
真っ赤な顔は、それが恋愛の「好き」だと教えてくれた。
泣きそうな表情の瞳は不安で揺れていた。
『聞きたいこと・・・ね。どうやら聞こえていたらしいけど、君には関係ないんじゃない?キョーコが何をどう思って、どう行動しようと』
どこまでもとぼけて、煽るようなレインの言葉に蓮は腸が煮えかえるような思いだった。握った拳が震えているのが判るが、当のレインは気にした様子もなく、むしろその様子に後ろのキョーコが青褪めるぐらいだった。
『愛した女が目の前で他の男に連れられているのに、関係無い?自分の基準で話すな。俺はそこまで物分かりがよくない』
『・・・・随分開き直ったね』
『お前とこれ以上話す気はない。そこをどけ。言葉で通じる内に』
言外に力づくも辞さない事を匂わせると、レインは首をすくめて未だ青い顔のまま固まっているキョーコを振り返った。
「君の先輩がこう言っているけど?キョーコ」
「え・・・・あの・・・その・・・・・・」
一方のキョーコは混乱の嵐の中にいた。
ただでさえ、ホテルの部屋の前まできてあーだこーだと悩んでいた所へ、当の本人の蓮が来て・・・何だかとても怒っていて・・自分の話が聞かれていて、そして・・・愛とか何とか・・・・・
愛した女
って・・・・愛!?
「最上さん、帰るよ」
もう一度自分に向けられた言葉にキョーコはのろのろと顔をあげた。
「でも・・・私・・・・」
「君の奇行の説明もちゃんと聞かないといけないみたいだしね。俺の告白をスルーしておいて、俺を好きだって聞こえたよ?あれは俺の都合のいい幻聴では無いよね?」
「え!いえ・・・ッ!それは・・・」
「どうして、俺を好きでいる事がレインとここにいる事に繋がるのか、全く理解できないんだけど」
「その・・・それは・・・経験が・・その恋の・・・」
大魔王の敦賀さんに、次から次へと繰り出される攻撃に、混乱した頭では何もごまかす言葉さえ出てこない。
一体自分はなぜ怒られているんだっけ?
敦賀さんの告白をスルーって、もしかして昨日の事?
レインと敦賀さんは「誰」の話を今していたの?
「経験・・って・・・・恋の経験・・・?」
『あ・・・・おい・・・ッ!』
レインの止める間もなく、気が付けば蓮はキョーコの傍まで来て腕を掴んでいた。
突然の事に、キョーコも目を見開く
頬に集中する熱と痛みを感じるぐらいの掴まれた腕から感じる熱だけがリアルだった。
「俺の事が好きなら!他の男は恋じゃない!俺以外の男と恋の経験が作れるか!!」
いつもの冷静沈着な敦賀さんからは程遠い、叫びと
額に残っている汗と
乱れた髪
そしてその切羽詰まった声音の言葉は不思議なぐらいストンと心に落ちた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ・・・・・・」
呆然と思わず呟いたキョーコに、蓮は無表情になると、そのままキョーコをひょいと持ち上げて肩にかついだ。
突然の視界の反転にキョーコはうろたえて声をあげた。
「え?ええッ?敦賀さん!?」
「帰るよ」
三度目の同じ台詞を強く言って、そのままきびすを返した。
こちらを睨んでくるレインを真正面から睨み返す
『どけ』
『困るな、レン』
『力づくで止めて見るか?』
『・・・・・辞めておくよ。君に喧嘩で勝てそうもない。撮影が残っているのに顔に怪我でもしたら大変だ』
『賢明だな』
冷たい視線だけを投げかけて、蓮はキョーコをかついだままレインの横を通り抜けて行った。
蓮の肩の上でうろたえていたキョーコは、レインに何て言っていいのか判らないまま、遠ざかる距離に視線だけをそらす事が出来ずにいた。
「諦めないから」
通り抜ける瞬間キョーコの耳に、レインの呟きが聞こえた。
『・・・・・・・・・やっと俺を見たな・・・』
そして、その後蓮へ向けられた英語の呟きは・・・聞きとる事が出来なかった。
「君が好きだ」
駐車場の車に乗り込むなり、敦賀さんはそう言った。
「冗談でも、からかっている訳でも、演技の練習でも、先輩としてでもない」
「一人の男として」
「一人の女性である君が」
「好きだ」
「信じられない?」
「なら、何度でも言うよ」
「馬の骨も周囲のおせっかいももうたくさんだ。」
「大丈夫だよ」
「俺も恋愛初心者だから」
「嘘じゃない」
「恋をしたのは君だけだ」
「だから、俺も恋の経験なんて大層なものをもっていない」
「だから、俺にそれをさせられるのは君だけだ」
「お互い初心者ならちょうどいいだろ?」
「何か問題が?」
「関係ないよ」
「好きな人」
「それが俺の恋人の条件だ」
「最上キョーコである事が俺の恋人の条件だから」
「うん・・・・・とりあえず、俺の部屋でじっくり話し合おうか。」
「君が二度と恋愛曲解思考に陥らないように、しっかり矯正しとかないとね」
これで終わりですって言ったら・・・石投げられますかね・・・・