「素敵なお母さんでしたね」
涙ながらにニューヨーク行きの飛行機のゲートをくぐっていく姿に手を振りながら、キョーコはしみじみと呟いた。
「まあ、かなり破天荒だけどね。父さんとセットだと手に負えないし」
苦笑する敦賀さんに、貴方も似たようなものですけどね…と溜め息を着いた。
あの日以降、連日朝は敦賀さん、夕方ごろにジュリさんが『Fairly Garden』にやってきて、それはもうとっても大変だったんだから。
なんせ目立つ上に、やたらと構ってくる。
特にジュリさんはバイトの終わる時間にやってきてそのまま買い物へ埒られる事もしばしば。
その度に敦賀さんがやってきて、目の前であーでもないこーでもないと言い合っていると思ったら、大量の服やらアクセサリーをプレゼントされてしまい、断るのにどんなに大変だったか・・・・。
ジュリさんは「娘にプレゼントを送るのが夢だったの。私の寿命がある内にその夢をかなえさせて?」と泣きつかれて、この押せ押せっぷりは・・・流石親子・・・と降参してしまった。
「色々買ってもらって申し訳無かったです。」
結局断りきれず、受け取った割合の方がずっと多い。
シュンとする、キョーコの頭に蓮は手を置いて苦笑した。
「代わりに、キョーコの手料理をごちそうしてもらって母さん感激していたから大丈夫だよ。それに、俺も助かったし」
まあ、確かに最初に手料理をご馳走になった時は…実は嫌われているのかしら…と懸念してしまう出来映えでしかたが…
それでも、自分の母親にさえ、あそこまでしてもらった事はないだけに、戸惑う事ばかりだったけど……どこかくすぐったくて………嬉しかった。
そんな事を考えて、キョーコがはにかんだ様に笑う姿に蓮は愛おしげに見ていた。
気が付けば「キョーコ」と名前を呼んで、見上げてくる顔に自分の唇を軽く落とした。
「………何ですか、いきなり」
「キョーコが可愛いから」
……………いえ、そんな笑顔で言われましても…訳がわかりませんが
「こんな公衆の面前でやめて下さい」
「二人きりならいいの?」
「……………いえ、だめです!」
一瞬首を縦に振りそうになったけど、そっちの方が危険だわ!
あの日からジュリママがいたお陰で、迫られる事はなかったけど…
顔を赤くするキョーコに、蓮は嬉しそうに微笑んだ。
その表情に、キョーコはどう反応しいいかわからず、益々顔を合わせられない。
キョーコは自分の確信した想いをまだ素直にさらけだせずにいた。
夏休みがおわり、またいつもの4人で昼食を食べる学校生活が戻ってきた。
「夏も終わってもうすぐ学祭だね~。去年は実行委員で忙しかったけど、今年はじっくり楽しめそうだよ」
しみじみと言う社さんに、思わず敦賀さんの顔をチラリと見た。
学祭か・・・・。
そういえば、敦賀さんと初めて会ったのは去年の学祭だったわね。
去年はまだバイトだったし・・・
「ウチの学祭って、色々各業界から注目されているんでしょ?特に、あのスピーチコンテストだっけ?各科から最優秀の生徒一人だけが選ばれて学祭初日に発表するって・・・」
「うん、短大は2年生で、他は3年生だけだけどね。去年うちの科は蓮が選ばれて出たんだよ」
・・・・・・そうだった。
それで、スピーチコンテストの前の準備中の敦賀さんに会ったんだったわ。
ふと、視線に気づいたのか、敦賀さんがこちらに振り返った。
「キョーコと出会えた記念日だよね」
「・・・・記念かどうかはわかりませんが・・・・」
可愛くない言い方しか出来ないのは・・・予防線なのかもしれないけど・・・。
「キョーコ、学祭は一緒に回ろうね」
ニッコリと微笑む敦賀さんに・・・黙ってうなずく事しかできなかった。
「あんた達って、どういう仲になっているの?」
昼食後、敦賀さんと社さんと別れた後、モー子さんが唐突に聞いてきたのは…おそらく別れ際当然の様に敦賀さんが頬にキスをしてきて、私がそれを当然の様に受け止めてしまったから。
「あ…っ!ち、違うの!アレは、ジュリママがやたらハグやら頬にキスをするから習慣になってしまったというか…」
言いながらも、自分で恐ろしい習慣を着けさせられたものだ…と焦りだした。
そうよ、ここは日本よ!
そういえば、先日の事といい、連日あの二人がそうするから…私ったらいつの間にか、毒されてる!?
青くなるキョーコに、奏江は溜め息を着いた。
「それもあるけど、なんか距離が近くなったというか、アンタの対応がやわらかくなったというか・・・」
あれで・・・?
自分の行動を思い起こし、不思議に思う。可愛い対応とは言えないと思うんだけど…。
そんな気持ちが顔に出ていたのか
「以前は警戒心丸出しだったのに、今は違うでしょ?」
「・・・・・・・・」
それは・・・・・あれだけ毎日一緒にいれば・・・・
モー子さんには言えていないけど、キスを受け入れちゃっているし、恋心も自覚してしまっている。
「社さんは、敦賀さんは暴走はするけどアンタが本気で嫌がる事はしないって言っていたから、大丈夫だと思うけど」
モー子さんんの言葉にジーン・・・と来る。
「モー子さん・・・心配してくれたのね・・嬉しい」
「ちょっと!ひっつかないでよ!」
普段はそっけないだけに、心配してくれる親友に嬉しくなる。
一通りじゃれつきあった後、モー子さんがポツリと呟いた。
「別に、思いすごしならいいのよ・・・ただ、アンタは恋愛に対して受け身に見えるから・・・・」
その言葉は、妙に胸の奥底に残った。
学祭当日
LME学園の学祭は、他校からの来場者も多い。
なんせお祭り好きの理事長が張り切って、この辺りでは一種の名物としてしまっている。
縁日はもちろん、各所でのイベントやコンテスト。
その辺りの学祭の規模を超えた、もはや地域のフェスティバルだ。
「凄い人ですね・・・・」
「キョーコ、はぐれないように俺の手つかんで」
蓮から差し出される手に、キョーコは「それもそうね」と特に抵抗なく手を重ねる。
目の前で手を繋いで歩く二人に、本来カップルである二人は何とも言えない表情で後ろを着いていた。
「・・・・・・ねえ、本当にあれでまだ恋人同士じゃないの?」
「う~ん・・・・・」
正直自分も自信が無くなってきた…
そもそも、二人の日々の行動は十分に恋人のそれなんだけど…当の本人達が、何を考えているのやら…
蓮が、ニコニコとキョーコちゃんの手を握ってアレこれ話ながら歩いているのは、微笑ましいんだけど…なんか、危ういんだよな~。
そんな社の心配をよそに4人は学祭を楽しんでいたのだが
それは、午後になってカフェから出ようとした時だった。
一組のカップルとすれ違った。
……………………え?
見覚えのある顔を見た気がして、キョーコは反射的に振り返っていた。
その先には、同じく振り返って自分を見ている驚愕の表情。
「キョーコ?!」
「シ、ショータロー…」
それは、間違えようもない幼なじみ…そして…
どうしてここに…
コイツ、京都にいたんじゃ…
有り得ない…と、蒼白になって固まるキョーコに、隣の蓮も様子がおかしい事に気づいたようだった。
声を、名前を呼ばれた気がする…向こうも隣にいる女の子が「ショーちゃん知り合い?」と聞いていた。
「逃げよう」
瞬時にそう思った。
だが、ショータローの方が行動が早かった。
「お前…今までどこにいたんだよ!いきなり、いなくなりやがって!」
強く掴まれた腕の痛みで現実に引き戻された。
ショータローのあまりの剣幕に敦賀さんや社さんが息をのむのがわかったけど、それを気にする余裕が無かった。
「お、女将さんやお母さんには連絡を取れるようにしているわよ!アンタには絶対言わないでくれって頼んでいたの!」
恐らく、自分の母親が居場所を知っていて黙っていた事を知らなかったんだろう。
一気に顔色が変わった事が、それを物語っていた。
何事も、自分中心で回っているコイツらしい。
「……んだよ、それ!オマエ何勝手な事してんだよ!」
「…痛っ…!」
余計強く引っ張られた腕の痛みにキョーコが顔をしかめると、それまで話が見えずに固まっていた蓮が、その腕を引き離した。
「……敦賀さん……」
キョーコがホッとした表情を見せた、第三者の介入にショータローは蓮を睨み付けた。
「何だよ、お前!部外者は引っ込んでろ!」
「君こそなんだ。いきなり、女性に対して乱暴じゃないか」
「ハッ!コイツは俺のモノなんだよ。どう扱おうと俺の勝手だろ!!」
小馬鹿にしたショータローの口調は、酷くかんに障ったが、それ以上にその言葉に顔をしかめた。
「……君のもの?」
「そうだよ、俺はコイツの夫だからな」
ショータローの勝ち誇った言葉に、蓮は目を見開き、後ろにいた奏江と社は息をのみ………そして、キョーコはキレた。
脳裏に、悪びれの無い男と優越感に満ちた女の姿が浮かんで、一気に頭に血がのぼった。
「何が夫よ!まだ婚姻届は出していなかったでしょうが!」
それ以前に婚約者としての、過去でさえ抹殺したいぐらいなのに、この男はまだいけシャアシャアと何をぬかすのか!
だけど、キョーコの剣幕にショータローも負けずに食いついてきた。
「それはお前が届ける前日になって破いたからだろ!結納までして、式の日取りも決まっていたってのに、どんだけ俺の顔に泥を塗ったと思ってやがる!」
「アンタの顔なんてこれ以上汚れようが無いわよ!第一キャンセルから後始末まで全部やったのは私よ!」
「俺はそんな事認めていねーぞ!」
「アンタの許可なんて必要ない!元を質せばアンタが悪いんじゃない!訴えられなかっただけ感謝してよね!!」
そう、コイツが悪い………でも、今となってはこうなってよかったと思っている自分もいる。
そう思うと…頭にのぼった血が落ち着いていった。
もう、私の人生にコイツは関係させないって決めたじゃない…。
あんな惨めな思いはもう沢山。
「何だよ!だから、アレは誤解だったって…」
「誤解だろうが、正解だろうが、どっちだっていいのよ!もう…」
「……あ?」
永遠に続くかと思われた応酬だが、キョーコがトーンダウンした事で一瞬二人の間に奇妙な間が出来た時だった。
「…………キョーコ」
「!!!!!!」
そうだった、皆と一緒だった!!!
ショータローの言葉につい…!
途方にくれたような敦賀さんの声に、一気に血の気がザーッとひいた音がした。