2年ぶりに会う彼女は、全く変わらずに美しかった。
『貴史?』
自分の顔を見ても何も驚かずに兄の名前を呼ぶ彼女を睨みつけた。
『悟君か。驚いたわ。久しぶりね』
まるで何もないように接してくる彼女に、頭がカッとなった。
その「久しぶり」の中には、自分が兄を殺し、精神異常で有罪を免れ、世間からバッシングを受けた事など何もなかったかの様に彼女は言うのだ。
『…っよくそんな事が言えるな!この2年間俺達がどんな思いだったか…!』
なのに、この女は無罪になり兄を殺した薔薇園で微笑んでいるのだ
『知らないわ』
ハッキリと言い切った彼女に、愕然として凝視した。
そこにはとても精神に問題ありとして無罪になった女性の顔はなかった
『あ、あなたは……………』
震える声でまさかと問いかける
『私は後悔していない。だから、貴史を殺した罰を私は受けない』
凛として微笑む姿は見るものが見たら、女神の微笑みに見えただろう。
だが、自分にとっては信じられない思いに目の前が真っ赤になった。
では、彼女はワザと…?
気がついたら、自分は彼女の首を絞めていた。
『後悔…していないだと…っ』
優しかった兄
自慢だった兄
兄との思い出が脳裏にフラッシュバックする
『…何故だ…っ…何故…っ!』
紛れもない殺意に、彼女は全く抵抗せず微笑みながら彼を見据える
だが、その瞳の奥に激しい激情を見た気がして、思わず怯んだ瞬間バランスを崩し、二人して薔薇の中に倒れ込む
いくつかの薔薇を巻き込んで、花びらが舞い散る
トゲによって彼女の掌に血が滲む。
その血を彼女はジッと見て、ポツリと呟いた。
『……………が…』
『え?』
『薔薇が咲いたから』
『な・・・に…?』
『貴方には永遠にわからない。』
『?!』
『誰も私を理解しないで』
その彼女の姿に全身の血の気が引いた。
あんなに激しかった彼女への殺意さえ一気に抜けた。
それだけの恐怖
彼女から感情が一切抜け落ちていた。
「無表情」という表情すらも無く
まるで人形のように
生気すら感じなかった
『私は罰を受けない』
そして何の躊躇いも無く、彼女は自分が持っていたハサミを喉に突き刺した。
まるで、糸が切れたように彼女は崩れた。
シン…と静まった現場で、最初に動いたのは緒方監督だった。
「カ……カットです…」
その言葉に、やっと息を出来るという様に現場が騒ぎ出す。
緊迫したシーンなだけではなく、演じた二人に圧倒されてしまったのだ。
自分の感情・生命・その全てを捨てて自分の愛と恋人との約束を貫いた『椿』の最期
その『椿』への激しい憎しみと純粋な恐怖を抱いてしまった『悟』
表面的な演技ではとても伝わりきらず、安っぽいシーンになりがちだったが、二人の演技はその場の空気すら変えてしまった。
「最上さん?」
彼女に声を掛けながら、密かに俺は指先の震えを止められなかった。
まだ役を引っ張っていたというのもあるが、先程の彼女の感情の抜け落ちた演技、音もなく糸が切れるように崩れ落ちる姿に『悟』にリンクした俺自身が恐怖したのもあった。
最上さんはペタンと座り込んだまま、放心している。
役が抜けきれないのかともあったが、その顔には感情が確かにあってホッとした。
「最上さん大丈夫?」
もう一度声を掛けると、ノロノロとこちらを見上げてきた
「………く…敦賀さん…はい…」
俺の顔を確認して、心底ホッとした表情を見せてくれる彼女に、愛しさが込み上げた。
この場に誰もいなければ、間違いなく抱きしめていたな…
「……敦賀さん…」
「ん?」
「…………私を見つけました」
ここにずっといたんですね、と言った彼女は何か憑き物が落ちたようにスッキリしていた。
ドラマのシーンですが、一応話の筋といいますか、設定はあるんです。でも、あくまでメインは話の内容ではなく「蓮との演技対決」なので、どう導入しようかな・・・・。入れると長くなるなぁq・・・。