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2016-02-27 21:05:07

一年

テーマ:ブログ


 



三重県出身ですが、あまりこちらのほうには馴染みがありませんでした。


名古屋生まれの母が「戦争で三重県の田舎に疎開をしていた」と
子供のころからずっと聞かされていても、
自分がいる県のことなのに、それとも同じ県のことだからか、
疎開中の話を聞くのは好きでも、
場所のことには無関心でした。

疎開先は「宮前」という名前の村だったみたいですが、
「名前が変わってしまってるからねえ。いまは何ていうのか分からないわ」と母も言いますし、
私もとくにそれ以上知ろうと思いませんでした。

(三重は南北に長いので、地域が違うとほんとうもう他県のような感覚なんです。)


「水がすごくきれいな川が、(身を寄せていた)家の近くを流れていてね。
兄弟でよく泳いだり遊んだりしたわ」と、母の話にはいつも決まってその川が出てきました。

川の名前は「櫛田川」。
県内では名の知れた川ですが、私が頭に浮かぶ櫛田川は
近鉄電車の車窓から見える下流の様子。
母は上流のほうにいたので、どのあたりのことなのやら、
やはりぜんぜんぴんときませんでした。

伊勢までは行かない、三重県の真ん中あたり。
そこにかつて幼少の母がいた。
でもそれは、三重県のなかで自分がいちばんよく知らない場所でした。


白山町への移転が決まり、
周辺の地図を熱心に見ていたときのこと。

「うわあ、ちょっと南に行くと、しばらく山なんだなあ」
そう思いながら山並みを終りまで辿ると、
そこは櫛田川の上流でした。

町の名前は、松阪市飯高町。

何か繋がる感じがありました。

そこでインターネットの出番です(笑)。

「三重県 宮前村」で検索すると、
 
 三重県飯南郡にあった村。
 現在の松阪市飯高町の東端、櫛田川の上流域にあたる。

と出てきました。

自分が移住を決めた場所からさほど遠くない、
南に一直線にいったところに、戦火を逃れて母が暮らしていた。

縁を感じずにはいられませんでした。


白山町と飯高町は文化的にも近いものがあるのか、
「鈴鹿出身です」というより、
「母が飯高に疎開してました」と言うほうが
町内の方は「ひゃーっ、ほんとう?!」って、親近感を持ってくれます。


なんだか『ファミリーヒストリー』みたいになってしまいました(笑)



白山町にやってきて、今日でちょうど一年です。

無事に一年を迎えることが出来てすごく嬉しい。

お客さまをはじめいつも支えてくださっている皆さま、
本当にありがとうございます。

すべてのご縁が大切に思えます。

この先も長く続けていけるよう頑張りますので
これからもよろしくお願いいたします!




 
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