ローマ帝国の最盛期を築いた五賢帝時代、その特徴は何と言っても

実の息子ではなく、血縁関係がある男性のなかから有能な人物が選び、次の皇帝としたことです。

但し、意図的に息子を避けたわけではなく、自分に息子がいなかったからですが。

では、自分に息子がいたら・・・

五賢帝5番目のマルクス・アウレリウス(在位161〜180年)には息子がいました。

そして、彼は息子を次の皇帝にしました、コンモドゥス皇帝(在位180~192年)です。

 

Roman Empire, Denarius, 2.61g (Silver), RIC224

表:Commodus 裏:Roma holding Victoria & spear with shield

*Roma:古代ローマを象徴する女神

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Dea_Roma_Vittoriano.png

*Victoria:ローマ神話の勝利の女神、ギリシア神話のNikeに相当

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Berlin_Siegess%C3%A4ule_8245.jpg

 

さて、コンモドゥスは有能だったのでしょうか?

もし、有能だったら五賢帝ではなく六賢帝と言われていたことでしょう。

独裁から暴政へ、そして、重臣たちにより暗殺されました。

 

ちなみに、映画The Gladiatorに登場するローマ皇帝父子こそ

マルクス・アウレリウスとコンモドゥスでした。

もちろん、映画ですから、史実とは異なる演出が随所にあります。

 

ところで、いつも不思議に思うことがあります。

わが子が本当に可愛いのであれば、その能力・適性に見合った地位に就けるべきでしょう。

古代ギリシアの時代から皇帝・王といった君主の地位はダモクレスの剣の下にあります。

いつ何時、剣が頭上から落ちてくるか分からないのです。

自分の息子が余程の人物でもなければ、そういう地位に就けるべきではないでしょう。