僕の夢は「自分の橋を持つ事」。
橋は、谷や川を渡る。つまり場所と場所を結ぶ土木構造物です。古の昔、橋は結ばれるその土地の支配者のものでした。己の富を交流させ、それらをさらに増殖させる。まさに権力の証しだったのです。僕もそんな橋を所有して権力に少しでも近づきたいものですが、僕のような民間セクター側の人間が橋を持つ事は出来るのでしょうか?
現在も昔の人々が造った橋が残っています。わかりやすいところでは、大阪御堂筋の淀屋橋。江戸時代の豪商淀屋が自身で築いた中之島と、当時の大阪の中心、堺筋を結ぶために、淀屋が私費で設けたものです。淀屋は諸藩大名に融資を行い、最終的に合計銀一億貫(現在の価値で100兆円)もの金を貸していたそうです。

形を変えながら現在まで残る淀屋橋。100兆円貸せるほどの甲斐性は現代でも手に入れる事は出来るか。
自分の橋を持つ事が昔々の話と思ったら大間違いで、何とこの京都に「自分の橋」が現役で活躍しているのです!京都市東山区にある株式会社松風の本社前の橋は、松風のために造られたものなのです。名前も松風橋です。わかりやすい……。気になったので、株式会社松風さんが社用橋を持つようになった経緯を電話で聞いてみました。
僕「こんにちは。私はやさしさ(実際は本名を名乗りました)と申します。このたび、インターネットのホームページで御社の橋を紹介したいと思いまして、お電話いたしました。2、3、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
松風の方(以下「松」)「お電話ありがとうございます。弊社の橋と言いますと、本社前の松風橋の事でございますね。」
僕「はい、そうです。まず、橋はいつ頃造られたものなのですか?」
松「詳しくは存じ上げませんが、現在の橋はだいたい昭和50年頃のものです。詳しい者がおりますので、折り返しご連絡さしあげますが、いかがいたしましょう。」
たまたま電話応対した方でもおおよその建設年がわかるほどに「自分のもの」の意識があるようです。とてもうらやましい……!その後1時間後にお電話いただき、
(1)現在の橋は2代目で、昭和60年に建て替えを行った。初代は昭和10年に造られた。
(2)あまりに古くからあったため、社内に総工費等の資料が残っていない。昔の様子は実はよくわかっていない。
という情報をいただきました。

これが松風橋。かなりしっかりした橋。
これだけ立派な橋ですから、当然億単位のお金がかかるでしょう。そもそも橋の存在の必然性がなければいけませんから、僕も大企業の主となって多くの従業員を抱えて川の向こう側に本社を設けなければいけません。夢は大きい方が良いのですが、僕のくだらない夢を叶えるために雇われる人々の事を考えると不憫でなりません。ここはひとつ、とんちで夢を叶える必要がありそうです。
そして、ついに「マイ橋」を築く事に成功しました。だから、街に出て僕の橋を自慢しに行ったのです。
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