続 日蓮仏法に於ける一大秘法 6

 

 

歴代僧侶の「妙法蓮華経の五字」の引用文書 6

 

「妙法蓮華経の五字」に連なる語句を紹介しています。

 

 

富士妙蓮寺五世 日眼上人(生存期間 不明-1384年)

 

富士門流で名を遺している日眼上人は、お二人存在し、一人は西山本門寺八代法主 日眼上人であり、もうひとりがこの日眼上人である。南条時光の子で幼名を乙次丸といい、兄の日相は富士妙蓮寺四世である。出家して日華に師事した。

 

「宗教の教を已迹と取る也、故に彼れは脱此れは種、彼れは一品二半此れは題目の五字也」(日眼 記『五人所破抄見聞』富要集44頁)天授61380)年 祖滅98

 

「其余流を酌みながら何ぞ諸宗に同して一部五種の行を専にして簡要たる下種の五字唱題を傍意にせんや」(日眼 記『五人所破抄見聞』富要集47頁)

 

本門五字之肝要者上行菩薩之付属也誰か臆胸と称せん哉」(日眼 記『五人所破抄見聞』富要集4145頁)

 

「妙法は妙は褒美之言、法は機性の躰にして妙法蓮華経と呼ばれて応じて出でたるを見れば凡夫即極せる法躰を妙也と讃めたる言ば也」(日眼 記『五人所破抄見聞』富要集417頁)

 

「不軽折伏の事は険の修行と名けて不専読誦経典但唱題目と云って此の五字を以って謗法を呵責し三類の強敵をも責むべき」(日眼 記『五人所破抄見聞』富要集421頁)

 

「先聖所立の妙法蓮花経は三世諸仏の師匠也、諸仏所師所謂法也、是故如来恭敬供養と説き玉ふ也」(日眼 記『五人所破抄見聞』富要集425頁)

 

 

 

西山本門寺八代法主 日眼上人(生存期間 不明-1486年)

 

この西山本門寺八代法主 日眼上人の詳細は不明ながら著書に下記の『日眼御談』があり、此れには泉蔵坊日堯の写本が遺されている。

 

「在世脱益は一品二半・滅後の下種は題目の五字なり、本尊抄に云く彼れは一品二半此れは但題目の五字と釈し玉へり、文の底なり。

尋ねて云く寿量品に於て題目の五字と云う事全く見えざる処なり如何、答ふ聊爾に沙汰すべからずと雖も志切なるに依って少々之を書ん(後略)」(日眼 談『日眼御談』要富集2132頁)著作年不明ながら、永禄31560)年9月(祖滅278年)の泉蔵坊日堯の写本在り

 

「彼の相承の如くならば題目の五字を意と云ふなり、此の題目は爾前迹門等に之を説かずと見へたり、御抄に云く妙法蓮華経の五字は四十余年に之を秘し玉ふのみにあらず(後略)」(日眼 談『日眼御談』要富集2133頁)

 

「高祖云く妙法蓮華経の五字経文に非ず其義に非ず云云、此題目の五字を法身蔵と云ふなり、十界三千の依正・三世の諸仏の因行果徳悉く此中に収るなり故に法身蔵と云ふなり、此五字に万法を収むと云へども全く目に見えざる故に理なり、理なるが故に法身蔵なり」(日眼 談『日眼御談』要富集2134頁)

 

題目の五字の秘密の重に心意識の三を具足するなり、心とは応身、意とは法身、識とは報身なり、此三は一にして三なり、三にして一なり」(日眼 談『日眼御談』要富集2134頁)

 

「然る間妙法蓮華経の五字、衆生利益の処は応身の功能なり、全く題目の五字唯境なりと云ふ事、無相伝の至りなり、迹門不変真如の上に建立する題目の五字は唯理なり」(日眼 談『日眼御談』要富集2135頁)

 

「何ぞ題目の文字を此の如く云ふや、答ふ天台伝教等は機無く時無く付属無き故に五字の題目と云ふ事は末法の導師に譲り玉ふて弘通し玉わざるなり、今は日蓮宗に時を得る故なり云云。尋ねて云く妙法の五字は一なるべし之有るべからざる者なり(後略)」(日眼 談『日眼御談』要富集2135頁)

 

 

※この二人の日限上人は時代も少し異なっているが、妙法蓮華経の五字」の重要さは、よく理解してされています。

この時代にもまだ「楠板本尊」は登場していない模様で、「楠板本尊」の記載は全く存在していないのです。

 

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