明るい未来へ弟子として生きる

いつの間にか高齢者になった普通の創価学会員です。数々の功徳を受け、最近、仏法哲学の勉強も始めました。恩返しと後世のために私の体験談、仏法の歴史、哲学などを綴っていきたいと思っています。


テーマ:

楠板本尊が大聖人御図顕でない簡単且つ決定的証拠

 

 

私(サム)は、

 

日蓮聖人漫荼羅一覧
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html

 

にある他宗門公開の全ての現存大聖人御真筆御本尊と比較して、

 

『石山(せきざん)本尊の研究』京都要法寺僧侶 柳澤宏道編著
http://www.hachisubunko.com/%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%99%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/


に紹介されている石山本尊の研究-01.pdf、にある楠板本尊との間に、

 

決定的な違いを見出したのです。 

(かなりの学会員さんは、既に発見されていたかも知れませんが。)

 

楠板本尊の座配図を書かれた京都要法寺僧侶の柳澤宏道氏は

「板マンダラの写真は『日蓮聖人』(熊田葦城著・明治44年発行)と『聖教乃正義』(荒木清勇著・大正41111日発行)(二人とも大石寺の信者)の口絵に掲載されたものが全貌を示すものだが、巷間で批難されているがごとく不鮮明なものである。しかし、著者はこの写真から、正確に座配図を読み取るため、マイクロ写真にて「AO版」(畳1枚程の大きさ)まで拡大して検証した結果、既刊の研究書とはかなり異なる結果となった」

と述べており、実際の楠板本尊の相貌に間違いないであろうと推考します。

 

決定的証拠

 

①御真筆で図顕年月日が記載されている御本尊は全て「干支」も付記されているが、楠板本尊には「干支」の記載が無い。 干支の無記載は日興上人以降の様式である。

②弘安元年七月以降の御真筆本尊は全て「仏滅度後」との讃文だが、弘安二年十月御図顕とされる楠板本尊は「仏滅後」の表示である。

 

私が調べた処では①②共に例外はありません。

7月末に某掲示板に発表して現在93日に至るまで、法華講員さんの明確な反論は一切ありません。 

今からでも結構ですので、戒壇本尊肯定者や、法華講の方々で、御自分で調査するなり、講役員や宗門関係者にお聞きするなりして、反論・ご意見を募集しております。

 

反論が無ければ、結局、『本門戒壇本尊とされる楠板本尊は後世の模作だった』と結論します。

 

今こそ『楠板本尊は、大聖人の出世の本懐ではなく後世の作である』と創価学会総体が、宣言した時こそ、私は「創価学会の発迹顕本の時」だろう、と信じています。

 

参考

簡単な証拠  投稿者:サム  投稿日:2015 730()100418

http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/3187

 

 


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