生きたい気持ち、死にたい気持ち | 『 自死の明日 』~夫を亡くして、どう生きていったらいいのか探している自死遺族のブログ

『 自死の明日 』~夫を亡くして、どう生きていったらいいのか探している自死遺族のブログ

2016年6月に夫が自死。
私たちは高校の同級生でした。
深い悲しみと自責の思いは消えることはありません。
いまは何とか生きてるだけの日々です。
混沌としたいろいろな思いの中から少しずつ書くことで
どう生きていくのか探して行ければと思います。


昨日よる
残業して遅くなって
雨に濡れて帰宅


ただただ疲れた
疲労困憊した
・・・さいあく


昨日の日記には
『疲労困憊』『さいあく』
が連なる


身体が弱っていると思考も落ちる
先の不安やかかる費用や、子どものこと、自分の仕事、この身体のしんどさを考えていて…
お父さんの自死は、こんなにも後の家族に影響することを考えていると、ふと気がつくと、スマホで検索していた


<自死、と打ち込んで検索・・・>


この行為
何度も何度もさまよった場所
ブログというものを知って救われた場所


久しぶりにいくつかの文章を読んだ


そのなかで、
『子どもが成人したら夫の元へいきたい』
と言われる自死遺族の妻の立場の方へ、未遂から数年たったという方が語りかけていた



・・・貴女の事が心配で、貴女の事が大好きな人は沢山います。どうか、その人達を悲しませないで。

私は生きていて良かった。未遂に終わったのは、本当は死にたくなかったからだと、今は思います。

どうか生き抜いて下さい。
・・・



どちらの方も
ここへ至るまでとても言い尽くせない苦しみがあり、
死ぬことへの思いも
生きることへの思いも
数えきれないほど考えてきたのだと思う
私も同じだ
死にたくなかったから未遂に終わったという逆説的な話ではなく…
ここまで辿りつかれたことに思いを巡らす



なんで自分は生きているんだろう
なんで夫は死んでしまったのだろう



答えなんて出ない
いつも途中
だけど、夫も本当は生きたかったはずだと
信じている



もうひとつ、思い出す言葉
『ひとは、生まれ、生きて、死ぬ』
それだけだと



ただ、この『生きて』の部分は
たいへん
ほんま、たいへん