虎と漂流する映画はトンデモなんかじゃなかった! | 不思議戦隊★キンザザ

虎と漂流する映画はトンデモなんかじゃなかった!

パイはインドに住む少年。親父は動物園を経営している。しかし社会情勢の不安定化により一家はカナダへの移住を決める。一家は動物たちを連れてカナダ行きの船に乗った。だが船は太平洋のど真ん中で嵐に遭って沈没する。パイは間一髪で救命ボートに乗り込み命だけは助かった。同じ救命ボートには、足を怪我したシマウマが乗っていた。嵐が収まり大海原で漂っていたパイのボートに、オランウータンが逃げ込んできた。彼女は海に浮かんだバナナの束の上に乗っていたおかげで溺れずにすんだようだ。「彼女」というのは、子供を探している母オランウータンだからだ。

 

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救命ボートの仲間が動物だろうが、ひとりきりより心強い。それにシマウマもオランウータンもパイを襲うことはないだろう。と思っていたところへ、ハイエナが飛び出してきた。ハイエナは足を折って衰弱しているシマウマを狙っているらしい。パイは櫂でハイエナをシマウマに近づけまいとするが、ハイエナは隙を見て少しずつ少しずつシマウマの肉を食い千切る。その残酷さに興奮(?)したオランウータンは、ハイエナを殴ろうとする。が、逆にハイエナに咬み殺されてしまった。
パイは自然界の弱肉強食を目の当たりにする。これが自然か?俺はただ見ているだけか?だが黙ったままではいられない。パイのハイエナに対する憎悪が最高潮に達したとき、何かがハイエナに襲いかかった。
トラだった。親父の動物園にいた「リチャード・パーカー」という名のトラだった。

 

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トラはハイエナを一撃で倒し咆哮した。パイはビビった。やべえよやべえよ!救命ボートの仲間がトラだなんて悪い冗談だろ?俺、喰われちゃうじゃん!どうにかしなきゃ、と思っても周りは海だ。救命ボートから逃げること、それはすなわち死を意味する。

パイは救命胴衣を繋ぎ合わせて簡易な筏を作り、ロープで筏とボートを繋いだ。これで一応パイのプライベート、というか率直に言うと命は守られるだろう。
 

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トラは悠々とボートをひとり占めしている。非常用の缶入りビスケットと水はボートにある。命を繋ぐためのものを、パイはトラに気をつけながら奪う。気をつけないと自分の命が奪われるという、笑えない展開になってしまうからだ。それでも飢えと渇きは強烈だ。非常食だけでは体が持たない。

 

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それはきっとトラも同じなのだろう。トラは海へ飛び込んで魚を咥えてきた。しかし体重が重すぎるのか、それだけの体力を失ってしまったのか、トラはなかなかボートに這いあがれない。このまま放っておくか?

ずっと海へ漬かったままだと体温も低くなるだろうし、そのうち力尽き海へ沈んでしまうだろう。もう時間の問題だ。この状況下で人間の俺に何が出来る?そもそも海からトラを引き上げるなんて出来るだろうか?
もし救ったとしても相手はトラだ。俺なんてこいつの一撃で息の根を止められちまうんだ。
すでに夜になっている。水温は益々低くなっただろう。トラはそれでも、ボートのまわりを力なく泳いでいる。
パイはボートの一部を剥がし、それを足掛かりにさせてトラを助ける。何故だ?

 

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パイは魚を捕らえるために網を張る。網に1メートルもあろうかという大きな魚が掛かった。パイは泣きながら感謝する。
「魚に姿を変えて私の前に現れてくれた神に感謝します」と。
魚という蛋白源が手に入ったものの、ひとり占めするには忍びない。パイは魚をトラに分け与える。


 

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創意工夫で筏をチューンアップしたり、イルカの大群と出会ったり、クジラのジャンプに驚いたり、トビウオの大群に襲撃されたりしながら、漂流は続く。穏やかなときの自然は、この世のものとは思えないほどの美しい姿を見せてくれる。

 

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ボートは浮島のような無人島に漂着した。そこには海藻があり、島を埋め尽くすほどのミーアキャットがおり、島の中心には真水の湖があった。パイは海藻を食べ真水を飲んだ。トラはミーアキャットで腹を満たした。久しぶりの幸福を味わったパイは、浮島で夜を過ごす。手近にあった花の蕾を開くと、中心から人間の歯が出てきた。慄くパイ。
夜が明けるとすぐに海藻とミーアキャットを食料として積み込み、島から逃げた。遠目から見た島は、横たわった人間の形をしていた。

 

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また嵐がやってきた。トラが怯えている。もし神がいるとしたら、何故、トラを怯えさせようとするのか。

嵐が止んだとき、トラは衰弱していた。立ち上がる気力もないようだ。パイはトラに近づき、そっと撫でた。

 

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あれからまたどのくらい漂流していたのだろう?ボートはメキシコの海岸に辿り着いた。パイは上陸する体力さえ残っていなかった。砂浜に倒れこんで動けない。トラはそんなパイを一顧だにせず、静かにジャングルの中へ消えていった。
地元のひとたちに助けられたパイは、トラが消えていった森を見ながら声を上げて号泣した。


病院に収容されているパイを、日本人の保険調査員が訪ねてきた。嵐で沈没した船は、日本の船だったのだ。
パイはトラと漂流した一部始終を話した。だがこんな荒唐無稽な話、日本のビジネスマンが信じるワケがない。
保険調査員は言いにくそうに、それでも言った。
「本当の話を聞かせてください」
パイは、もうひとつの物語を語り始めた。


-完-


「ライフ・オブ・パイ(虎と漂流する物語)」のカミング・スーンを見たとき、「なんじゃ、コリャ」と思った。
虎と漂流?ハハハ、ありえねーし。どうせCGをバリバリ使ったトンデモ映画だろ?げらげらげら。と失笑していた。

 

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確かに全編CGだった。しかし、トンデモ映画などではなかった。とてつもない映画だった。


絶望と凶暴な生存本能、人間の尊厳と弱さ、悔恨、再生、畏怖すべき自然、その中で生かされている自分。
何故パイは生き残ったのか?トラと一緒に漂流しながら、どうやって?
その答えは、日本人保険調査員に語った第二の物語に全て詰まっている。
救命ボートに乗っていたのは動物なんかじゃない。人間だ。

 

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パイの語る第二の物語は、淡々として決定的な描写はない。だが、第一の物語で語ったトラとの漂流に照らし合わせると、飢えと渇きに苛まれた過酷な状況下で起こった、残酷で悲惨な出来事が見えてくる。
トラはパイ自身だ。絶望の中で剥き出しに成らざるを得ない生存本能は、理性で抑えることができないほど凶暴であった。
第一の物語で語られた人間の形をした島は、カニバリズムの暗喩であろう。
食べなければ死ぬ。しかし理性を保ったままでは、目の前にある肉を食べることは出来ない。生きるためには理性を捨て、畜生になり果てなければならない。そしてパイはそうした。泣きながら喰った。
肉を、「自分を生かすために神が姿を変えて自分の前に現れた」ものとして喰った。

 

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嵐のときには頼りない救命ボートで、ひとりぼっちで怯えなければならなかった。理性など残っていないはずなのに、大いなる自然の中に神の気配を感じ取った。神とは理性で処理するものではなく、本能で感じ取るものなのか?
自然に対する畏れが、神という不可解な存在をひとの心に許すのだろうか。


メキシコの砂浜で、トラが痩せこけた背中を揺らしてジャングルへ消えたとき、パイは慟哭した。
助かったという安堵感と同時に人間としての尊厳を取り戻したパイは、自分自身の凶暴性と犯した罪のおぞましさに身を震わせ、慟哭したのだ。とはいえトラの凶暴性がなければパイは死んでいただろう。このときからパイは肉が食べられなくなったのだ。

 

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なんと残酷な物語だろう。やっと生き残ったけれども、生き残ったことが果たして正しいのか分からない。
消せない傷を抱えたまま、パイは生き続けなければならない。だからといって、忘れることも出来ない。

生きることは、割り切れないもの。


主人公のパイというニックネームは、円周率の「π」から引用されている。円周率は規則性がなく、しかも割り切れない。
「π=割り切れないもの」として考えると、「Life of PI」というタイトルが、生きることのメタファーになっているように思われる。


さて、パイから第二の物語を聞いた日本人保険調査員は何を報告書に記入したか?
報告書には、トラと漂流した第一の物語が記録されていた。パイのこれからの人生を鑑み、第二の物語を記録に残すことを憚ったのだろうと推測する。

この映画のテーマは重いが、美しい映像がそれらを救ってあまりある。トラと漂流したパイと同様、奇跡である。

 

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オマケ画像


トラに付けられた「リチャード・パーカー 」という名前も、なかなか意味深だ。