モグ日記(ご来客中年紳士)
ここはモグと言う名の町
小さな家のキッチン
私はこのキッチンで独り
来客を待っている
と言っても特定の人物を待っている訳ではなく
気ままに訪れる方々をお迎えしているのだ
少し華やかな柄のテーブルの上には
すりおろしたリンゴジュースがいつも並んでいる
コンコンッ
ガチャリ
こんにちは
いただきます♪
そう言いながら入ってきたのは
少し白髪混じりの中年男性だった
『どうぞ遠慮なく召し上がっていってください』
これが来てくれた方に言う定番のセリフになっている
大抵の方はすぐにコインを置いて
帰っていくのだが
この中年男性・・・いや
スーツを着こなしているので
紳士と呼ぶことにしよう
紳士はテーブルに着くと
目の前のすりおろしたジュースに口を付ける前に話をはじめた
「実はここに来るのは二度目になります」
『そうでしたか、申し訳ないですが覚えていなくて・・・』
頭の中の記憶を少し走り回ってみたが
思い当たる節は無かった
「以前に来たときは妻と」
『あ!思い出しました!!』
というのも
訪れる方は大抵一人でのお客様なので
二人で来る方はかなり珍しく
言われた瞬間に閃きにも似た感覚が沸き起こりました
『今日はお一人なのですか?』
思い出せた高揚感からすぐに聞いてしまった
場合によっては失礼にあたるかもしれない言葉だろう
紳士は言った
「妻はもういないんです・・・」
案の定だった
『申し訳ありません、余計な事を聞いてしまいましたね』
そう言いながら
私は二人の来店の様子を思い出していた・・・
紳士の妻は言った
[なんとも素朴で良いお店ですね]
紳士は言う
「コラコラ素朴だなんて失礼だよ」
私はそれに答える
『お気になさらないでください』
[いえ悪い意味じゃなくて良い意味で質素]と言いながらハッとして口を覆って頭を下げた
それを見て紳士も
「申し訳ない」と言いながら頭を下げる
何だか忙しい夫婦が来たと思い
私は込み上げて来る笑いに耐えきれず
『お気になさらずにハハハ』
一瞬、間が空き
静かになったところで
三人は顔を見合せ
今度はみんなで笑った
『まぁどうぞお座りになってください』
と、私はテーブルへと促した
『当店しぼりたてのリンゴジュースしか扱ってないのですがよろしいですか?』
二人はうなずき
そして
とても美味しそうに飲んでくれた
・・・飲んでくれていたのを覚えている
「覚えてくれていましたか!嬉しいです、きっと妻も喜びます」
それから紳士は妻と行った
想い出の場所や楽しかった場所をもう一度めぐっているのだと語った
『ありがとうございます』
その様な場所の一つに入れて貰えた気持ちから
私は深々と頭を下げた
それから紳士は
たくさんの話を聞かせてくれた
楽しかった話
嬉しかった話
優しかった話
そして
楽しく嬉しく優しい話
妻が妻がと語る彼の隣には
まだ彼女がいるだろう事は容易に感じ取る事ができた・・・
それからしばらくして
語り尽くしたのか
彼は少し肩を落とした
きっと話している間は彼女を身近に感じていたのだろう
「ごちそうさまでした
やはりここのすりおろしたジュースは変わらず美味しかったです」
『ありがとうございます』
私は彼が少し寒そうにしている事に気が付いた
きっと感情のたかぶりから
疲れが出たのだろう
体が冷えてしまった様だ
こんな時には
温かい飲み物が良い
しかし
うちにはすりおろしたリンゴジュースしかない・・・
前に温めて飲んだところ
抜けきらない酸味に中途半端な甘さ
左眉と右眉がくっつくかと思う程のしかめっ面になったのだ
私は
温めたすりおろしたリンゴジュースを
紳士と自分の手元に置いた
『サービスです飲んでみてください』
私はとびきりの笑顔で言った
紳士は口を付けると眉を潜めた
私は口を付けると眉と眉がギュッとくっついた
『どうですか?』
彼は少し返答に困るように言う
「美味しいです・・・」
『スッゴいマズイですよね』
私は間髪入れずに言い放った
二人は顔を見合せ
そして笑った
『温かいお飲み物をお出ししようと思ったのですが
このジュースしかなくて』「そうでしたか、味はともかくとても暖まりますね」
お互いに
もう一口飲んで
「マズイです」
『ええまったく』
二人は
また顔を見合せて笑う
そして紳士は
「グッピグ」と言い
帰っていきました
最高の誉め言葉を
いただきました
『またお越しください』
私は深々と頭を下げた
ピグとして生きる
モグという名の町の日常
今日はそんな1ページの出来事でした
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