図書館は、通常図書を1冊しか持たないので、二人以上の人間が、同時に図書をよむことはできない。

図書館の原則によって、誰が図書を読んでいるのか、教えることはできないので、お互い融通し合うなどということを仲介することもできない。一人の人の返却を待ち、そして、次の人が借りるというステップを追うしかない。

 

電子の場合は、いろいろな制約がある場合もおおいので、一概になんともいえない。

(電子図書館という形式をとる場合は、一度に1冊という図書と同じような形式のあるものもある。)

 

通常の海外の出版社が運営する自社出版の雑誌や図書は、同時アクセスやダウンロードにも、特に制限がない。

複数の同時アクセスも可能だ。

これこそ、図書館がサービスとしての理想だ。

 

図書館は、資本主義経済社会にあって、異質の存在で、その異質さを維持するのための法律もある。

しかし、それらの法律も、電子の時代には、あまりにも、遅れている。

しかし、図書の出版販売や雑誌の出版販売を担ってきた流通業界にとってみれば、電子書籍、電子雑誌に儲けが出ても、流通業界をひとつも、潤さない。

 

図書館も、図書・雑誌の出版、流通、販売がもうかっていたので、図書館が存在が認められていたのだが、それらが、なかなか儲けが出来なくなってくると、図書館自体の存在をゆったりした気分でみることも難しくなる。

 

ここ10年、20年というペースにあると思うが、電子書籍、電子雑誌の層があつくなれば、アマゾンのようなところが、超巨大図書館的やくわり自然にになうだろう。市町村が図書館を投入する税金の何十分の1の費用(全体のパフォーマンスとして)で、市民は今の数十倍便利なサービス(有料だとしても)受けることができるようになるだろう。