これはあまりにも下調べが不足すぎて失敗した例です(汗)

先週、某会長(っと書くといかついけど、実は美しい女性)から招待券を頂いたので行ってみようとニコニコ

ライトアップも一緒にやっていたので、ライトアップ行きがてらっと思って…………


六角堂は開花が早い御幸桜などは既に葉桜でしたが、奥の枝垂れ桜のみ花を咲かせていました。

ちょうど月も出て、空もキレイな日だったので↓


いいですね(#^.^#)夜桜♪
夜桜ばかり見てますよw



凝った灯りもあり、良い感じ。




いけばなもところどころ…




へそ石。

奥に池坊会館が!
券の使いドコロはここかぁ!っと思って挑むも入館は「5時までです」とのこと……(;゚д゚)ェ… 
どうも池坊会館とライトアップの時間帯が違ったみたい。。
残念………



っと思って次の日リベンジ。

この日は雨……



まぁ、ザーザー降りでは無かったのでシットリと。
お花の雨粒を楽しんだりしてラブ





はい。
2度目のチャレンジでは入れました池坊会館。
人がワサワサ居るーとかおもいながら何となく家元道場のほうへ。



いけばな作品がずらーっと並んでいました。



普段見られない角度からの境内。



池坊専好さんのいけばな作品。

四十五世池坊専永さんのいけばな作品

書を表千家十四代家元而妙斎千宗旦
画を四十五世池坊専永が担当した掛け軸。

こんな感じ。
リッパ〜!


奥でお抹茶がいただけるとの事(750円でお茶券を購入)なのでいただく事に照れ





お饅頭に池坊の印。
可愛い。
薯蕷饅頭で皮がしっとりラブ
御名前『六角柳』というそう♪

妙にぼかしが効いてしまったが、景色はこんな感じ。↓
桜の時期と被ったら最高でしょうねー。



花の撮影とお抹茶に思ったより時間を割いてしまって、やばい資料館見てない!っと、上に行く手段を探すがエレベーター前は長蛇の列になっているので階段をガーンガーン
っと思ったけどちと違う階段だったらしく2階にしか行けなかったゲッソリ

シャレオツな階段↑

まだいらっしゃった「花いくさ」メンバー


結局、次の予定が間に合わずいけばな資料館には行けず(汗)
特別公開の弁財天像やら仏舎利やらは見れず(汗)あれぇ??

池坊会館は混むので、もう少し余裕を持って行動すればよかったなと反省……
常設展は予約すれば行けるとのことなのでいつか入ってみたいですね〜




ちなみに時間ギリギリにたどり着いたのは、京都産業大学のむすびわざ館。
所功先生の講演会がありました。
終わった後に展示を見ていたら先生も来られてギャラリートークみたいになったので2倍オトクでしたニヤリ


原谷苑 20190413

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昨日は昼過ぎから思い立って原谷苑へ行って来ました。

原谷苑行くのはじめて💦


バスの乗り場が最初わからなくてそのまま市バスのバス停で待ってしまい時間ロスに笑い泣き


わら天神の鳥居の目の前に無料バス来るんですね、そういえば去年あたり目視で確認していました💦すっかり忘れていた💦




昼過ぎからの動き出しで出遅れたしバス人多いし、マイクロバスでピストンで大量の人が投入される様子を見て人混み凄いだろうなと想像して入ったら、そんなでもなく!照れ会場広いから分散するのね(*^_^*)チュー


人が居ない写真も結構取れました





晴れてたし広くてお花見には最高の日和でした(暑いくらいでコート脱ぎました💦)





中にはトイレも十分あったし、売店もあり、お酒も食べ物も売っていて快適(*^_^*)

↓売店



境内図。
桜を撮っているうちに自分の居る場所を見失うことしばしw


トイレは和洋ある。
新しくはないけど施設の人がいい感じに掃除してくれるので清潔。
東京の花見の名所でよくある長蛇の列なんてことは無い。
↓トイレ本体はあれなので屋根だけ。


いろんなお花が咲いていて楽しくて行って良かったです( ´∀`)

しばしお楽しみくださいニヤリウインク









ベンチや休憩所などもかなりあり、思い思いに楽しむ事が出来る。
寝てる人も居た😁w

いたれりつくせりですが、弁当・酒類・敷物なとは持ち込み禁止だそう。ま、中で調達できるところは大体そうですよね。

しかし、あれだけの人を投入されてもまだこの余裕………広い!










山の上側にマイクロバスの発着があるので、帰りのマイクロバスを利用する場合は同じ出入り口から出ます。
しかし、入るときに帰りのバスの列をみて、げんなりしていたので、お散歩がてら歩いて降ってきました(・∀・)




めっちゃ気になっていた不思議不動院にも爆笑










波切不動寺も近そうなので行ってみた(・∀・)









身代不動も!
キョロキョロキョロキョロキョロキョロ不動多いのはなんでだろ?
府道っぽい土地なのかな??


めっちゃ奥まってた。




道端にもいろんな花が咲いていて、春だなぁと思いながら楽しんで下山(^o^)





群生していたのだけど
なんの花だろう??








午後からだったけど十分楽しめたお花見でした〜

今年は桜が長く楽しめて良いですね(*^_^*)






昨日は仕事を午後休にして京都にきました。😁

ウインクラブ





仕事終わりに京都へ来て、月釜に行くために地下鉄で上って今出川まで。
ちょいと寄り道して御苑の糸桜の様子をニコニコ



蕾、だいぶ膨らんでいました(^ν^)


御苑でのんびりしすぎて遅刻寸前でしたが💦
女性らしい可愛らしいセンスの良いお道具が揃った素晴らしいお席でした。
お相伴させていただいた方も知り合いが多く、ホッとしました(^ν^)
皆さんありがとうございました(●´ω`●)
また伺いたいですラブ


その後、お相伴させていただいた方に次の目的地嵯峨清凉寺まで送ってもらうびっくり笑い泣きかなり遠回りだったのにありがたいことです〜


おかげで嵯峨大念仏狂言の最後の演目に間に合いました(^ν^)

土蜘蛛さんです♪


名物の「蜘蛛の糸ブッシャー」にも間に合いました。




襷掛け。

戦ってるシーンが撮りがいありますねー




土蜘蛛の首をとって終わりです。



本堂の前には高張提灯。
「おみくじ」
くじを引いて旧町名が書かれた提灯を順番に立てるらしいです。
米相場を占っていましたが今は株価。
不思議とよく当たるそうで、増税前の駆け込みと、増税後の景気の低迷を反映してるのでは??っとの噂でしたw


↓境内はこんな感じ。
真ん中の逆三角形のやつが燃えます(^^)

お知り合いが階段のところにいたので合流させていただき、点火を待ちます。

5年ほど前、出張の夜に偶然タイミングが合って、一回だけ見に来たことがあります。その時も本堂の階段のところで見ました。
その頃は京都といえば昼間の観光地しか知らなかったので、こんな観光地でこんな大きな火が燃えるのかと、その時とても感動した思い出があります。


8時頃になると、お練りがはじまりました。
遠くからなので高張提灯がグルグルするのしか見えてないニコニコ爆笑

相変わらずノー勉強で来てるので、一緒に見てくださった方々が詳しい方で色々教えてもらって良かったです(^ν^)


提灯の行列がお松明の周りを三周すると、火が付けられます。




5年くらい前に見たときには、雨の次の日で湿気ていて、なかなか燃えなくて、火を追加していたような思い出がありますが、昨日はとっても早く燃えてました(^ν^)

火の近くで見たこと無いですが、近くからだとかなり暑いらしいです(;´Д`)💦

燃え尽きてから、涅槃図の絵解きがあったので、お話&歌(川の流れのように)を聞き、雨もポツポツしてきたので帰りました(^^)

大念仏狂言も一緒に楽しめる。
お松明ニコニコ素敵な行事でしたー。今度はおみくじのクジ引きから見てみたいです。チュー

こないだの週末の記録。(金・土)

金曜日。
昼からまったり活動。
京産大のむすびわざ館で珈琲っというか喫茶店について学ぶ( ´∀`)
京都にはいろんなステキ喫茶店があるんだなぁ。喫茶店あまり行ったことないから珈琲飲みながらマッタリしたい。



その後、嵯峨美の資料館まで移動。千本ゑんま堂大念仏狂言の展示。
随分立派な資料を配っていたからもらってきたけどまだ読んでいない(^_^;)💦





土曜日。
土曜日朝は、お知り合いのお宅で開かれたお茶会へ。
藪内流。相変わらずカッコよかった(^o^)
菱飾りも。袱紗を置いて去るのが素敵。


その後、町家マルシェへ。
たどり着いた瞬間からなんか突然餅を飛ばしていた。



すずめの家」さんのお菓子をいただく(^o^)「胡桃おはぎ」と「よもぎと白味噌の浮島」をイワシコーヒーと共に( ´∀`)



イワシコーヒー。定宿の前なのに一度も入ったことない(^_^;)💦
今度、行かねば滝汗







その後、「明日の京都 文化遺産プラットフォーム」さん主催の「無形文化遺産シンポジウム「吉田孝次郎の世界 ~戦後70年 山鉾町の変遷を見つめて~」へ。
っと思いきや、バス停を間違えて来ないバスをずっと待っていたり、正解のバスを何故か見逃したりしていたらギリギリに💦余裕で到着のはずだったのに…。

吉田孝次郎さん。ファンなんですw まだまだ青春時代の吉田先生。今後の研究にも期待しています(^o^)
24日土曜日は天皇陛下即位30年記念で無料の日だったので国立博物館に行きました。

雛まつりのお人形や御殿雛、霊元天皇の即位図など見てきました爆笑
斉白石はサラッと。
絵柄可愛らしいですね♪


梅が咲いていました♪





文化博物館も行きました。
こちらは普通の日でも検定の合格特典で総合展示は無料だったのですが、↓こちらがちょっと気になったので行ってきました。

梅花祭いつも行けないので全く知りませんでしたが、可愛い特殊神饌があるのですね、メシもりもり感と、厄年の数だけ用意する紅白の梅がすごく気になった(・∀・)日程合ったらいつか行きたいニコニコ

北野天満宮の展示見たからというわけでもないですけど北野天満宮の梅のライトアップに来ました。




24日は梅花祭の前日でもありまだ開花状況もまばらだったからか、人も少なく、じっくり楽しめました〜



うすぐらくても綺麗です。
燈籠に灯がユラユラ。

ちょっとした和菓子と梅昆布茶がついてきました♪

ガラスの球体が沢山浮いていましたw
キラキラしてますニコニコ

ここ数日、暖かかったのでだいぶ開花も進んだでしょう〜







2月23日 二条城

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あとでまとめてーっとか言ってるとなかなか更新できないので分割することにしたのでした爆笑
花の頼りははやくしないとw

大体、ツイッターでつぶやいたのプラス写真になりますね(^_^;)

二条城は京都検定の合格者特典では入れますから梅の時期はやたらと来ます。

人も梅の花もまばらでした。今週末くらいが見頃なのかも………💦
以下、撮ったのズラーーッとアップしますw(^_^;)
























































2/23 法金剛院

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2月23日、法金剛院へ行ってきました。
23日は法要があるため金目地蔵さんを間近で見られますニコニコ
イケメン地蔵ですww好きなので会いたくなったのでした。

もちろん丈六の阿弥陀様も癒やされるお顔をしています(^^)

JR花園駅すぐ。
蓮で有名ですが、他の花々も咲いています(^^)





↓ここの待賢門院桜が咲いたところがとってもキレイなのですが当然まだ咲いてませんw






前の日、大松明の儀からの続きです♪

綱曳きは次の日行われますニコニコ


祝園のいごもり祭 3日目の綱曳きの日です。

 

神社に行く前に昨晩神事が行われた幸の森の御田へ。
前日に見た時は田圃をかたどった盛ってある土のところに畦らしき線がありましたが、この日はなくなっていました。また、儀式のときには榊を建てる立砂も崩されていました。
 
神社に戻ると綱曳きの準備中でした。
本当はこの日の朝1から作るものでしたが、前回記事にも書いたとおり皆に見てほしいとのことで事前に作って祭りの間神社に、飾っておくようにしたとのこと。
餅藁で作った芯を竹の葉で包み、外側を竹の皮で巻いたドーナツ状のものに、長い竹をくくりつけ、縄絡みの飾りをつけたら鳥居の下までひきずっていきます。
 

鳥居に細い注連縄のようなものを張り曳き合いの勝負を決めるための目印にします。南北に別れて曳き合いますニコニコ

綱曳き開始時間近くになると、人々が集まってきますニコニコ
15時くらい。


宮司の御挨拶があった後、綱曳きが始まります。
宮司が合図をすると皆で一斉に曳きます。三回戦あって、最後の三回目の勝ち負けによって僕作などの吉凶を占うといいますニコニコ


勝負はすぐついてしまいます。5分ぐらい。

三本勝負が終わると皆で武埴安彦が斬首された場所という、「いずもり」に縄を運んでいきます。



「いずもり」に着くと保存会の方々が、手際よく竹を切り、解体して、集まっていた正月飾りとかと共に燃やします。
どんと焼きと一緒になっちゃったのですね、
 


この日の行事はこれで終わりですが、宮司はまだ籠りを続け、次の日の午前4時に「明けの太鼓」を打ち鳴らして終わりだそうです。

来年も曜日の都合が合うなら行ってみたいですね(●´ω`●)
 

ちょっと昔(一ヶ月以上前Σ(´∀`;)の・・・)の記事になります。

 

 

1月12日。祝園のいごもり祭に行ってきました。

 

 

1月の申の日から3日間行われるお祭りです♪(1月中に申の日が3回ある年は中の申の日、2回の年は初めの申の日)

曜日で行われる行事ではないため、ふだん普通のOLな私にはハードル高かったのですが、今年は金・土・日に当たったため、いけるー!っと思って行ってきましたニコニコ


祝園の居籠祭の概要は別のページ(引用ばっかりの手抜き記事💦)にあるので(;´∀`)見てみて下さい爆笑

あと、12月に準備みたいなのも行われています。

 

1月の祝園のいごもり祭の構成は大体、

1日目、風呂の井の神幸

2日目、幸の森の神幸(大松明)

3日目、疫神祭と綱曳き

って感じです。ざっくり。

 

 

まぁ、いきなり1日目の金曜日の風呂の井の神幸はお仕事で行けなかったのですけどね(^_^;)

 

2日目に行った時に1日目の井戸の場所を教えていただいて、あとから場所だけ確認しました。

結界の鉾はまだ建てられていました。

 

 

 

 

 

行けなかったので、実態わかりませんが、「祝園の居籠祭について」(『精華町文化財愛護会だより』第12号 発行 平成7年3月31日 P15〜19) に詳しく書かれているので、引用しときます。

 

まぁ、だいたいこんなもんだ。っと、想像だけしときましょう。爆笑爆笑

 

 

「 宮司は三日前から、松明奉持者は前日からすでに籠っています。この日、宮司は朝から神事の伴を務める松明奉持者とともに、社務所にある特定の部屋に籠り、 潔斎します。この間、二人はむやみに屋外に出られないため、室内で、榊を十二枚重ねたものや竹の人形、儀式で使うわらじを作ったり、神を勧請する際に唱える祝詞を松明奉持者に教えたりしながら時を過ごします。昔は、松明奉持者は、神社の横を流れる木津川で身を清めたといいますが、今では宮司宅で湯をかぶるだけの簡略化されたものとなっています。

…… 夜八時頃、世話役が集合すると、すべての火が消され、まずお祓いを受けます。本殿で祝詞が奏上され始めると、松明奉持者は先に宮司からいただいた浄火で小松明に火つけ、本殿前に置きます。やがて、年寄の「もうでござい」の大きな声を合図に、世話役一同がその姿を見ないように一斉に下を向くなか、宮司は松明を抱え、榊を持ち、鈴を鳴らしながら神社横にある「風呂井」へ小走りで進みます。「風呂井」へ到着すると、宮司は、持ってきた榊を盛り砂に差し、松明を脇に置き、井戸に向って二礼二拍手、ここで、昔は井戸の水を汲み上げてかぶったそうですが、今はその代わりに、ロをすすいで手を洗い、祝詞をあげます。

これは八百万の神々へお祈りをするのだといわれています。祝詞を読み終えると、宮司は再び鈴を鳴らしながら戻ってきますが、鈴の音がだんだん近づき山門をくぐるころになると、世話役たちは再び「もうでござい」と大きな声を上げ拍手で迎えます。宮司は、本殿 に帰ると、持っていた榊を神前に奉納します。

 次は松明奉持者です。松明奉持者は、暗闇の中を「風呂井」に向い、宮司が行ったのと同じ様な所作を繰り返し、宮司が置いたままにした松明を持って帰ってきます。

松明奉持者が帰ってくると、再び鉾を交差させて立てます。 」

 

はい、まぁ、このような事がおこなわれているんだなぁ。っと思いながら仕事してたんですね、私はwww

まあ、来年以降、1日目に行ける日程があったら良いなぁと思いつつ………。

(でも1日目は秘儀で様子が見れないとも…。お祭り期間中神社で配られていたプリント「祝園神社御由緒沿革の記」には「接神の儀は、昔は鳥居の場所に幕を張り、神事中は境内に入れなかった」と言うことなので、ホント秘儀なのですねー。)

 

 

 

で、2日目の夜の松明を見に来たのです。

 

 

 

祝園神社に来るのは2回目です。

前は木津川沿いにチャリンコで来たので(南山城周辺をよくチャリでウロチョロしてる東京の女w)気付きませんでしたが祝園駅のまわり、すっごい栄えてますね!びっくりびっくり

もう1つのいごもり祭が行われる棚倉の駅の周りを想像していたので正直、ビックリしてしまいました(^_^;)💦

そこから西へ向かって、祝園神社へ向かいます。

 

武埴安彦破斬旧跡がみえます。

「いずもり」といわれるところです。

が、ここが活躍するのはお祭り3日目。

お正月の飾りが積まれています。

どんと(左義長)の準備みたいです。

 

 

 

神社へ向かって歩いていると参道の脇の家がムシロを吊るしていました。

 

 


いごもり祭は「音無しの奇祭」とも言われていて、人皇第10代崇神天皇の御代、第8代孝元天皇の皇子武埴安彦が反逆を企てこの地で討伐されたが、その霊魂が邪鬼となって悪病がおこったり田畑が荒廃して人民を悩ましていたのを奈良春日神社の神の力を借りて精進祈願する事で穏やかになったとのこと。

その後、この、祭りの間は、鳴り物や炊烟を停止し音を出さないように過ごすのがしきたりだとか。

また、「音聲があると惡鬼が來るといふ。」っと書いてある本もガーン

 

 

出入り口にムシロを吊るすのは、出入りの時、戸を開け閉めするとどうしても音が出るので、物音をさせないようにするため、戸は開けたままで、ムシロを替わりとしたそうです。

 

神社の山門の前には、テントが作られていて、いごもり祭名物「とうがらし汁」が売られていました。

この「とうがらし汁」を作る鍋も、鍋の蓋を藁縄で十文字にくくって、開け閉めに音がしないようにしていました♪

 

 

 

あとで3日目に紹介して頂いた御歳90歳のお婆さんも仰ってましたが、昔は飼っていた牛や鶏といった動物を近くの親戚に預けたりしていたそうです。また、居籠の期間中は、前もって精進料理をたくさん作りおきし、料理をして音が出ないようにしているとか。

(雍州府志などには女子供も他所の村にやったって書いてあるので実質的に食べるもの作る人が居なかったのでは?っとかもおもったり💦)

 

ムシロも精進料理も、今では限られた家のみやってるっぽいですけどね…

 

 

神社の参道には、3日目の綱曳きで使われる餅藁と竹で作った綱も飾られていました♪

今まで、3日目の朝に作られていましたが、作ってすぐに綱曳きして、解体して燃してしまうので、皆が見る機会が少なくて勿体無い!って事で、予め作って飾っておくようにしたそうです\(^o^)/

竹の長さにビックリ。照れ

 

 

 

神社の斎庭にも鉾が建てられています。

神事の際にはこの交差した鉾を開けて通り終わると再び交差し建てます。

 

鉾の下には榊の真っ直ぐな葉を6枚重ねて藁でくくったもの2セットと、同じく榊の葉を6枚重ねて正体不明の紐?でくくったモノ2セットと御幣?2セットがありました。

 

これは山門の脚の下、本殿階段脇にもありました。後で借りたDVDを見たら、風呂井の鉾の下にもあったようでした。

 

 

神様へ御挨拶を済ませてから、松明までまだ時間があるので、1日目の朝にまかれる浄砂の跡をたどって、幸の森の御田の儀が行われる場所まで行ってみたりしたりしてました w

 

 

木津川の砂はこのへんではよく神様の通り道とか、目印とか、清めに使われていて、たしかに白くて綺麗な砂で神様が好きそうな色ですラブ

 

なんか田圃のなか白砂辿っていたら猫がジッと見つめて動かなくて、なんだこのネコー!っと思ったらすぐ側が御田の儀が行われるところだった…。

 

井上頼寿が京都民俗志の中で「半坪ほどの芝地」としていますが今は田圃の中です。

 

 

「祈りとくらし」京都府立山城郷土資料館1984-10-9P11に模技写真があります。気になる人は見てみて。毎年あけの方向に設けられるという榊を指す場所は、今年は私の方向感覚が正しければ北東方面にありましたニコニコ

写真載せていいか迷ったんですがあとで調べたら公式に(テレビ局とかが作っているビデオおとかにも載ってたので・・・。(これがまたここで行われる秘儀も望遠で撮していて(^_^;)いいの??!って感じ))

 

とかなんとか、ウロウロしているうちに、なんとなく暗くなったので、再び神社へ戻る。

 

さきほども見た「とうがらし汁」を売っているテントでオジサマ達と話しながら…ってか1杯100円で売ってるのだけど、何気にほぼ全員サービスで2杯目飲んでたし、さらに御神酒もサービスで頂いてwww、ほろ酔いに口笛口笛

100円でサービスしすぎ〜おねがいおねがいありがとう御座います♪

 

「とうがらし汁」これを戴くと体が温まり風邪が治り、又、風邪をひかないとの言い伝えがあるそうです(*^^*)

たしかにポカポカ〜ラブ

 

 

そろそろかなーっということで、神社に向かい、松明を見守ります♪

点火時間が近くなるとどんどん人が集まってしまってよく見えなくなってしまいますが、昼一旦神社にお参りしたときに写真撮ってましたので(*^^*)

 

 

大松明は、豆殼を九十本の割竹で包んで、縄でしばったもので、12月につくられてから時間が経っているため、一度締め直して、松明が一気に燃え上がらないように2回程にわけて水を打っておくそうです。

長持も神殿に供えてあります。長持の中には御田の儀に使う農具が入っています。

 

時刻は19時ちょっと過ぎ

宮司さんが奥から火を持ってきます。

浄衣の世話役が火を受け取り松明に火をつけます。

ものっすごい燃え上がりますが、浄火ゆえ天井に燃え移る事は無いとのことニコニコ

 

 

浄衣に着替えたオジサマ達が集まってきて、「ふぉえー」っと見てると、その中の一人が「よ!」っと話しかけてくる。

「??」っと思って顔を見返すと、

「あ!さっきの?!」とうがらし汁売ってるテントに居たオジサマでした💦格好が変わると全然わからないガーン

ってか、テントに居たオジサマ達勢揃いじゃないですか!

 

思わず記念写真。

 (写真未整理でまだお届け出来てなくて申し訳ない滝汗


拝殿内はもう人であふれていて、火の様子は全く見えない(^_^;)

浄衣のオジサマ達と話している間に火は拝殿の外へ。

19時20分前くらい

 

 

撮れない~!!

とか言ってるうちに、松明奉持者と宮司に草鞋をはかせていました。これは松明奉持者と宮司にケガレの無いよう、履かせてあげるのだとか。

独特の草鞋を履きます。


↓これ。

 

 

「もうでござい」の掛け声と共に火は神社の外へ…っと言うところですが、人多すぎで全然見えず、聴こえず(^_^;)💦

神様の入った白い布も用意され、宮司が鈴を鳴らしながら通ります。

(事前に撮らないで欲しい旨説明がありましたので写らないようにしています。が、DVDとか資料にはバッチリ写ってますw見たい人は来年見にくるか図書館で見て!w)

 

わらわらしているうちに拍手と共に松明が出発します。

あとで幸の森で儀式を終えた宮司や松明が帰ってくる時にもパチパチパチパチっと、拍手をします。拍手で送り出し、拍手で迎えるのです。

この時目をつぶって神様の姿を見ないようにしないと「目が潰れる」と言い伝えがあります。

さきほど話に出てきた90歳のお婆さんは、目を開けてしまった年に結膜炎になってしまったそうで、それからはずっと神様が通る時には目をつぶるそうです。

 

松明が出発したので我々も後を追いました。(もちろんバッチリ目をあけて💦)

 

最初のうちはゾロゾロ皆付いていきます。


松明は浄衣の方々が担いでいましたが、公民館の前で、松明奉持者(本厄)に交代しました。19時30分くらい

今年の松明奉持者は19歳だそう。頭に桂包みみたいな被り物をし、水色の袴を履きます。腰にミニチュアの唐鋤や馬鍬、五穀をぶら下げているとのことでしたが、写真で確認できず💦借りたDVDでも確認出来ず!💦

 

松明奉持者はピンポイントで大松明を担ぎます。

 

昔は一人で担いでいたとか!70キロにもなる大きな松明。凄いです!

 

しばらく進んで、大きな道路から田んぼの中の道に進むところでギャラリーはストップされます。

 

畑の中「こうのもり」で「御田の儀」が行われます。、ここも秘儀なので、先程の『精華町文化財愛護会だより』から引用します。

「目的地に至る小川にかかった橋を渡るころには、宮司と松明奉持者は付き人とも分かれ、二人だけになります。橋を渡ると二人は左右に分かれて水田の一角にある「幸の森」に向かいます。到着すると松明を置いて榊を盛り砂に差します。この盛り砂はその年の明けの方向に作っています。そして、まず松明奉持者による「おんだ」が行われます。御田の儀は、(1)祝詞、(2)草刈、(3)面つき、(4)田鋤き、(5)畝たて、(6) 五穀の種蒔き、の順に行われ、時間的には約十分間の神事です。これは秘事とされており、今でも見ることは許されていません。つづいて、同様な所作で宮司による「おんだ」が行われます。」

 

まぁ、こんな神事が田圃のなかで行われているのを遠くに見ながら(暗くて遠いので見えない)、先程松明と別れた場所から少し北に行ったところで、行列が田圃から出てくるのを待ちました。

砂の道は事前チェック済みですから待ち伏せが出来ます。が、張り込んでるのは我々だけでしたw

 

時刻は20時過ぎ。儀式自体は10分程度の短いものですので寒くても待ってられます。

静かな田圃から祝詞が聞こえ、その後、松明がゆっくり近づいてきましたラブ

 

やはり真っ暗な田圃の中から松明が現れるの素敵でしたおねがい

張り込んで良かった(^^)

 

そこから比較的大きな道路を通り、神社の裏を通り、土手を下って、松明は神社に戻ります。

 

 

神社では再び拍手で松明を迎えます。20時20分くらい。


その後。各区に五穀が配られます。

私もいただきましたニコニコ


春になったら実家の畑に撒きたいと思いますニヤリ

 

関係者の皆様は直会に入ったので私達も撤収しました。

20時30分くらいでした。

 

→三日目の綱曳きに続きます♪

 

 

 

1月にいごもり祭というのに行ってきています(^_^;)💦


このページは概要?とその前の儀式についてのみまとめました💦

本編はあとで…💦💦



居籠祭とは、「雍州府志」に『毎年、正月初の申の日より亥の日に至りて、四箇日の間、神事を修す。相伝ふ、この間、悪鬼遊行す。児女・雞犬・牛馬に至りて、これに触るるときは祟ありと。故に、あらかじめ児女および六畜を他の村に遣りて、しかうして男子のみ家にあり。しかれども、声を揚げず。およそ四箇日の間、用ゆるところの物、酒食・菜肉に至りて、あらかじめこれを経営す。門戸、開闔の音を禁ず。故に、席を戸に掲けてこれを垂る。民間に、これを居籠といふ。( 「雍州府志」 立川美彦編 臨川書店 平成9年4月30日 P101)』とする音無のお祭です。


川向こうの涌出宮でも同様の名前のお祭りが行われ有名ですが、昔は祝園のほうが有名だったんじゃないか雰囲気ありますw

ちなみに 「雍州府志」 には今では無いような覆面の話とか神輿の話も載っています。

また、今は「もうでござい」という掛け声も、「やいごみよ」という掛け声という記載になっています。

 

『亥の日、旅所に神幸。社司、片帛をもって口鼻を覆ふ。これを覆面といふ。人気をして神輿に触れしめざらんことを欲してなり。手に榊を持ちて従ひ行く。また、五穀の雑種、各々一器に盛り、人をしてこれを持ち携へしむ。また、鋤・鍬等の農器、農民、各々これを携へ、後に従ひて供奉す。神輿、旅所に移りて後、諸民、大いに、やいごみよ々々々々々と呼ばふ。これ,混雑の謂か。。(同上引用)

 

社記によれば「武埴安彦討伐の砌より、その悪霊この地に留まり庶民災害仕故、悪霊退散その後例年に申酉戌三日、氏子一同鳴物炊烟を停止昼夜斎戒厳守の神事執行、これいごもりの神事なり」とされています。

武埴安彦討伐については、まぁあれです。ネットで調べれば出てきますw←投げやり。


私の行ったのは1月の3日間に行われるお祭りのうち、12日(酉)・13日(戌)に行われたお祭りだけでしたが、その、12日に行われた松明の儀につかう松明は、既に12月中に用意されます。

「祝園神社由緒沿革といごもり祭」に12月の行事について記載があるのでこれも引用しておきます。

 『まず、いごもり祭の第一の行事は、十二月の申の日(この申の日も前記のように数える)の早朝より拝殿で氏子の代表松明持ちと、宮司、助人等で、大松明一、小松明二を作成する。大松明は青竹十二本を長さ六・五メートルに切断したものを八ツ割りにし九十六本にする。その内、小松明用に六本を別にしておき、九十本を敷き並べ豆木を入れ敷き並べた竹で包み十二ヵ所を縄で括って、周り一・五メートル、重さ約七十キログラム程度に仕上げる。小松明は前記別にした六本を半分に切断し十二本にする。六本をひとつ分とし、前記のように豆木を入れ六ヶ所を縄で括り、同じものを二本作成する。出来上がりの大松明と小松明一本は拝殿の北側につるし、残る一本の小松明は拝殿の南側に置き、当日の午後六時頃より本殿で発火された浄火でこの小松明に拝殿で点火し、宮司がこの松明を持って風呂の井に神幸し神事が行われる。これを御神祭という。

 御神幸前後には風呂の井並びに拝殿前に外部の人その他の進入を防ぐ為に鉾が立てられる。この御神祭より氏子から選出された松明奉持者と宮司は不浄な物に触れる事なく斎戒沐浴を行う。一月の申の日の三日前より宮司は神社にこもり、氏子の代表松明奉持者は前日より宮司と共に昼夜斎戒沐浴を厳にし、申の日(初日)を迎える。(「祝園神社由緒沿革といごもり祭」(『精華町の史跡と民俗』収録 P69~82 K382))』

 

井上頼寿の「改訂 京都民俗志」にさらに詳しい記載があるのでこちらも引用しておきます。

『居籠祭の前儀

居籠祭には、その祭り以前に行なう儀がある。それについて簡単に記す。

 祝園前儀 十二月の申の日におかん祭とて居籠の第一日と同様、風呂の井に神職が行く儀があり、このとき境内の中部の盛り砂の上に榊の枝をさす。その他には特記のことがない。

前儀を「榊さし」と呼ぶところは広くあって、これもその形式に属するわけであるが、ただ注意すべきはおかん祭のときに限って、居籠の第一日同様の簡素な草履を神職がはく習いであることである。 「改訂 京都民俗志」(井上頼寿 平凡社P295)」』

 

こちらの12月のお祭りについても見れるものならぜひ見てみたいですね。


1月のお祭りは申の日から3日間(1月中に申の日が3回ある年は中の申の日、2回の年は初めの申の日からいごもりに入る)という日程ですニヤリ来年も行きたいけど、何日になるのかちょっと未確認(;´∀`)





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