小説「恋するプリンセス ~恋してはいけないあなたに恋をしました~」あらすじ&目次

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18 脅かす者
第211話 地獄の使者

 

 

 バフォールはここにいる全員の感情を読み取ろうとしているのか静かに様子を伺っている。

「……かなり焦っているようだな……くっくっく。しかし、対抗する力がまだ揃っていないのは残念だ……。ああ、お前とは遊べそうだな」

 ゆっくりとした動作でリアム国王を指さし、ニヤリと笑った。普通であればそれだけで恐怖で震え上がるところだが、リアム国王は表情を変えず、真っ直ぐバフォールを見つめ返す。

「俺を倒せば、あの国は元に戻るぞ?」
「我が国は、アトラスから攻めてこなければ応える気はない」

 リアム国王は静かに答える。

「くっくっく……。それは残念だ。だが、お前達が何を企んでいるかは知っている。やっと命令も得たしな……ゆっくりと遊んでやろう」

 そう言うと、バフォールの周りの地面に円形の黒い渦がいくつも浮かび上がる。まるで地獄に繋がっているかのような、恐ろしい空間が開いたように見えた。

「アリス! 全員ここへ!」
「は!」

 嫌な予感にリアム国王は少し離れた場所にいる騎士を呼び寄せることにした。剣を抜き、黒い空間を見つめていると、そこからゆっくりと黒い何かが這い出てくる。

 朽ちたローブを身に纏い、大きな鎌を持つ。赤く光る瞳に、顔はまるで蛇のような出で立ち――――。



「地獄の使者……」

 ぼそっとアランから驚きの声が漏れる。

「アラン、知っているのか?」

 それを耳にしたリアム国王は視線をそのままにアランに訊ねる。

「文献で読みました。しかし、架空のものと思っておりました……。陛下、奴らはアンデッドと同じだと記述されておりました」
「そうか……。しかし、数が多いな……」

 次々と湧いてくる地獄の使者に、リアム国王は子供達を後ろに下がらせる。バフォールは笑みを浮かべたまま、まだ攻撃を仕掛けるつもりはないようだ。

「陛下!」

 騎士団が到着すると陣営を整える。バフォールを囲うように佇む地獄の使者は約三十体ほどいるだろうか。異様な光景に子供達は勿論、騎士達も|慄《おのの》いた。

「相手はアンデッド! 炎の魔法が効く! 子供とペアを組み、騎士団は援護! 子供は炎の魔法で応戦!」
「は!」

 素早く移動を開始し、陣形を変える。

「さて……準備は整ったのか? くっくっく……さぁ、人間よ。我らと遊ぼう!」

 バフォールが手を前に付き出すと、地獄の使者達が音もなく向かってきた。

「攻撃開始!」

 リアム国王の掛け声と共に一斉に炎の魔法が解き放たれた。地獄の使者は持っている鎌を回し、魔法を受け止める。

「前衛! 隙を作り魔法を当てる!」

 リアム国王を先頭に騎士団が飛び出し、物理攻撃を加える。対バフォール戦に向けて、武器は聖なる力を与えた剣を使用していたため、すり抜けることなく手応えを感じた。

「よし、いける」

 リアム国王は大きな鎌を振りかざす地獄の使者の攻撃をかわし、剣に魔力を込める。剣が赤い炎に包まれ、そのまま一気に胴体へ切り込む。流れるように後ろに回り込み、右上から剣を振り下ろすと、地獄の使者の背中が炎に包まれた。

 畳み掛けるように左から右へと剣を切り込み、力強く背中に突き刺す。そのまま更に剣に魔力を込め、内部から炎の魔法を放った。

 ぐぅ……しゅるるる……

 地獄の使者は気味の悪い音と共に黒い煙となって消えた。

「子供達は後方、援護! 難しければそのまま待機! 前衛! 倒せない相手ではない! しっかり見極めろ!」
「は!」

 リアム国王の指示のもと、各騎士たちはそれぞれ地獄の使者を相手に剣を振るう。時々、何処かからか炎の魔法が飛んでいく。



 ニーキュは炎を見てあの日のことを思い出していた。アトラス王国を攻めたあの日を……。
 怒号や剣のぶつかり合う音。木がパチパチとはじける音。全てが遠くに聞こえる。動悸が激しくなり、震える手で胸を抑えた。

「ニーキュ!」

 近くで戦っていたアリスが、ニーキュに声をかけてきた。よそ見をしたことが原因なのか、アリスは相手の攻撃を受けてよろめいた。崩れた体勢を利用し、体を回転させ、一気に炎を巻き上げる。しかし、地獄の使者は動きを止めず鎌を振り下ろす。ギリギリでかわし、もう一度剣に魔力を込めた――――。

 戦うアリスや、あちこちで必死に戦う姿を見て、ニーキュも何かをしなくてはと思うが一歩も足がでない。

「無理しなくていい! あんたたちは戦うためにいるんじゃない!」

 地獄の使者と戦いながらアリスが声をかけてくる。

「アリスおねえちゃん……」

 正しいことに魔法を使えと教わった。大切な誰かを守るために戦うことは正しいこと? 僕は何のためにいるの? ここで黙って見ているだけで本当にいいの?

「命令されたことをしろ……」

 後ろから聞こえてきた声にニーキュが振り返る。

「サン……ぼく……」

 あの日、ニーキュから攻撃を受けたサンは回復後も今まで通り誰にでも無関心だった。命令に忠実であり、それ以上でもそれ以下でもない。

「ぼく……火がこわい……誰も傷つけたくない……」
「……」

 横目で一瞬ニーキュを見たが、サンは何も言わない。近くで戦うニーキュとペアである騎士が地獄の使者と戦っているのをじっと見つめているようだった。騎士が地獄の使者から一瞬離れた隙を見て、サンが魔法を放つ。

「サン……」
「どっちも俺がやる……。お前は目をつぶってろ……」

 ニーキュはサンの横顔をじっと見つめた。今思えば、サンはいつも自分を助けてくれているような気がした。あの日もそうだった……。だけどぼくは――――。

 その時だった。
 突然大きな爆発音が轟き、ニーキュの体がびくっと跳ねた。







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