小説「恋するプリンセス ~恋してはいけないあなたに恋をしました~」あらすじ&目次
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07 潜入捜査
第098話 契約
旧ファラン教会の中は暗く、壁や床、礼拝堂の椅子はひどく朽果てていた。こういった廃墟には大抵動物などが住み着いているのだが、生き物の気配は全く感じられない。
あまりにも静かで耳の中でキーンという音が聞こえてくる。
「ギル、ここには何があるの?」
前にいるハーネイスに聞こえないようレイがギルにこっそりと話しかけた。
「ごめん、俺にもわからない。ここには近づくなと言われているだけで何も教えてもらっていないんだ」
ギルも声をひそめて話す。
「今にわかる。お前たちはそこで待っておれ」
聞こえていたらしい。
ハーネイスが祭壇の前で立ち止まり、振り返って命令した。
「しかし、何があるかわかりません。お側におります」
ハーネイスが何をするのか近くで見たかったレイはそう訴えた。何かあっては困るというのも嘘ではない。
「いい心構えだ」
ハーネイスが笑みを浮かべる。
「しかし問題ない。私はその祭壇に上がるだけ。お前たちはそこで見ているがいい」
手に持つランタンの灯りを頼りに、ハーネイスはゆっくりと祭壇の上へと上がって行く。台座の後ろには朽ちてはいるものの豪華な装飾が施された祭壇飾りがあり、そこに小さな扉があった。
その扉を開けると、そこには簡素で小さな黒い箱が見える。
「これか……」
ハーネイスは喉の奥をごくりと鳴らし、箱を取り出した。
――――こんな面白い話もございます。それは――――
シロルディア王国のディーン王子から聞いた話を思い出す。
――――その箱には蓋がなく、一か所だけ十字の彫りがしてあります。なんでも、そこに十字を書くように触れると、指に指輪が現れるそうです。
ハーネイスはランタンの灯りを箱に近付け、その彫りを探り当てた。
「あやつの話は真であったか……」
小さく呟きながらハーネイスは十字を描く。中心には更に小さな十字型の凹みがあるのが分かった。
触れた人差し指にふっと重みを感じ、視線を指に移す。
――――その指輪を外し、箱に|嵌《は》めると――――
その瞬間プシューっという音とともに赤黒い煙が横からいくつも噴き出してきた。暗いはずの礼拝堂に僅かな明かりが点る。それは赤く血に染まったような色。その明かりで周りがぼんやりと見えるようになった。空気が揺れ、ガタガタと建物全体が震える。
「な……なんだこの強い魔力は……」
レイは素早く剣を抜き、身構えた。ビリビリとした感覚が体中を駆け巡る。ギルもまた強大な魔力を感じ取り、脅えて立ちすくむ。
赤黒い煙が祭壇の中央に集まり、黒い影のようなものになった。その影は|山羊《やぎ》のような大きな二つの角と耳、それから大きなコウモリのような翼の形を映し出した。
その姿を見たギルは目を見開く。
「悪魔……」
小さく発したその声はレイの耳に届いた。悪魔など伝説としてでしか聞いたことがなかった。レイの剣を持つ手が震えた。
「魔族バフォールよ。私がお前の封印を解いた。私の願いを叶えよ」
"……ヨカロウ。オマエノノゾミヲイエ……"
耳から聞こえるのではなく、頭に響くような低く暗い声が入ってくる。
「私の願いは……アトラス王国のエリー王女の排除である」
「っ!! ハーネイス様!! 悪魔などにそのような願いを願ってはなりません!! 今すぐお取り消しを!!」
レイが慌ててバフォールに雷の魔法を放ち、バフォールに命中させた。影がちりじりに散る。
"……ソノネガイカナエヨウ……"
しかし、雲のように佇む影から声が響き、その影がハーネイスの中へ飛び込む。
「なっ!!?」
「ハーネイス様!!」
驚き体を引いたハーネイスであったが、直ぐに体を預けるように顔を上げ受け入れていく。
レイはどうすることも出来ないまま、ただそれを見守ってしまった。
「ど、どうしたら……」
全ての影がハーネイスの中に入ると、ハーネイスから笑い声が聞こえてくる。
「くっくっくっくっく……久しぶりの人間の身体……。しかもこの愚かな人間は、恨み、嫉み、怨嗟、憎悪、自棄……負の感情が豊かだ。実に心地がいい……」
ハーネイスは自分の手足を動かしてみる。レイとギルからではハーネイスの後姿しか見ることができず表情を確認することは出来なかった。
「ふむ……使い心地はどうかな……」
ハーネイスは振り向きざまに、右手を差し出すように赤黒く光る魔法を四方八方に放った。
「危ない!!」
レイの言葉に思わず目をつぶったギルは、強い力で後ろへと倒された。
背中と頭に強い衝撃を受ける。
「ううっ……」
「まあまあというところか。まあいい。契約だからな、エリー王女とやらを排除しにいくか」
面倒くさそうに呟くハーネイスの声が聞こえ、ギルがうっすらと目を開けた。
ハーネイスの背中から黒くて大きなコウモリの翼が大きく広がる。
その翼でバッと羽ばたくとフワリと浮かび上がった。
ギルは目を大きく見開き、横たわったまま息を止める。
怖い怖い怖い怖い……。
体が震え、その振動でこちらに気が付かれやしないかとギルは必死に堪えた。
どうか……どうかこのままいなくなってくれますように……。
目を逸らすことも出来ないまま、ただ祈りを捧げる。
そんなギルの願いが届いたかどうかはわからないが、ハーネイスはこちらの様子を気にすることもなく割れたステンドガラスの間から飛び立って行った。
「っはぁ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
いなくなって初めて肺に空気を送り込んだ。それと同時に今の状況をが見えてくる。
ずっとあった重みはシリルが覆いかぶさっていたことが分かった。
「シ、シリル……もう……いなくなったよ……?」
何とか出した声でシリルに呼びかけるものの反応がない。
体を揺らそうと背中に手を回すとそこは暖かく、そしてジャケットがびっしょりと濡れていた。
「え……」
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