小説「恋するプリンセス ~恋してはいけないあなたに恋をしました~」あらすじ&目次

04 禁じられた恋
第059話 報告
 
 
   レイは部屋に戻ると左手で壁を軽く殴りつけ、頭を抱えた。

――――罪を被る。

   マーサの言葉に心も体もずっしりと重い。自分の浅はかな行動のせいで、アランだけではなくマーサも罪に問われる可能性が出てきてしまった。エリー王女に行った行為を思い出し、制御できない自分に憤(いきどお)りを感じる。

   気が付けば手が小刻みに震えていた。

   エリー王女に触れていたその手を見つめ、力強くぎゅっと握りしめる。

 



   どんなことがあっても越えるべきじゃなかった。
   しかし、そんな後悔は直ぐ後ろめたさに変わる。エリー王女への想いは否定したくない。

   レイは込み上げてくる涙を堪えながら、壁に身をあずけ座り込んだ。



   ◇

   アランが部屋に戻ったのは深夜だった。

「お疲れ様。遅かったね。それで何か分かった?」

   待っていたとばかりにレイが出迎える。

「いや、レイが記憶を無くした約五年前だが、ローンズ王国はリアム国王によるクーデターの影響で荒れていたからな。元国王側についていた上流階級の討伐や逃亡も多数あったから、それについて何か残されていないか調べたが、そういった情報は書庫にはなかった」

   アランはジャケットを脱ぎ、ネクタイを外しながら調べた内容を伝える。

「あと、丁度アリスに会ったから色々聞いてみた。アリスのように魔法を使えるものは親戚など身近にはいないらしい。そもそも魔法が使える者は国で管理するようになったらしく、そのリストはアリスの方で調べてくれることになった」
「アリスが?」

   怪訝な顔で立ちつくすレイにソファーに座るよう促し、アランもまた向い側に座った。

「大丈夫だ。記憶がないことは元々皆が知っているだろ? あんまり良く思っていない連中がいるから調べていると言ったら納得していた」
「そ……かぁ……。でも、俺のためにいろいろな人が動くのは……」

   レイは自分の拳を手で包むように抑えている。その手はどこか震えて見えた。

「どうした?」

   アランが目を細めて覗き込むと、レイは視線を横にそらした。レイの顔は蒼白で今にも倒れてしまいそうだ。何かあったのかとアランがもう一度尋ねるとレイはマーサとの出来事を報告した。

「マーサさんにもバレているなんてお前、すぐに捕まりそうだな」

   冗談のつもりで言ってみたが、レイはそれに反応もしない。それはそうかと、アランは小さく息を吐く。

「まあ、マーサさんは誰よりもエリー様のことを知っている。小さな変化にも敏感なのだろう。気が付くのは時間の問題だったのかもしれない。とても優秀だな」

   アランは思わず唸った。
   そして、レイを売るつもりなら、わざわざこんな回りくどいことはしないだろうとアランは考えた。

「マーサさんの提案を飲もう」
「え? 信用して打ち明けるの?」
「いや、マーサさんは知らない方がいいだろう。万が一明らかになってしまった時でもマーサさんは利用されていただけだと主張することができるからな。だからその提案は有難く受け入れよう」
「……そう……だね。うん、わかった……。それはエリーに伝えないと……」

   不安な表情のレイに、アランは鼻で笑う。

「ただのフリだろ。言い方が悪いかもしれないが、エリー様も少しは協力してもらわないとな。ああ、それからな」

   アランが立ち上がり、レイを指差す。レイはそれに合せて見上げ、アランをまっすぐ見つめた。

「俺もマーサさんも、お前のためじゃなくエリー様のために動いているだけだからな。自惚れるなよ」
「アラン……」
「いいか、余計なことを考えるな。今はこれ以上ヘマをしないことだけを考えていればいい。本気で好きなんだろ? だったら命がけで隠せ。ああああ、それより! レイはこの国に来て何か懐かしいとかそういう感覚になったりとかはないのか?」

   アランはわざとらしく話を反らし、質問を投げ掛けると、レイは目を瞑り俯いた。自分なりに気持ちを落ち着かせているようだった。

「……うん。そういうのは全く感じない。逃亡……ってことだよね……。でもさ、あの時の俺は服がボロボロだったりやつれていたりとかはしていなかった。だから逃亡とは考えにくいかも」
「それは調べてみないことにはわからない。ただ、討伐された一族の生き残りだった場合は厄介だな。それならむしろレイの過去については分からない方がいいのかもしれない」

   アランは話をしながら、おもむろに自分の荷物を漁りだす。そんな姿を目で追い、疑問に感じながらレイは話を続けた。

「うーん。教養も剣技も受けていたしね~。普通の家ではないだろうけど……。って、アランどこか行くの?」

   レイが驚いたのは、アランが取り出したものが私服だったからだ。

「ああ、明日は一日城内で過ごすことになっているだろ? ちょっと近辺で調査してくる」
「え! だったら俺が行くよ! アランばかりに頼れない!」

   レイは立ち上がり、アランの腕を掴む。やっぱりこれ以上迷惑はかけられない。

「馬鹿。さっきも言っただろ。逃亡者だったらどうするんだ。ローンズでは俺が調べる。だからそういう顔をするな。レイはレイにしか出来ないことをすればいい」
「自分にしか出来ないことなんて……」

   アランは涙目のレイの瞳を見ないようにしながら髪をかき混ぜる。

「今はエリー様のお傍にいてさしあげろ」


   今は……。


「……うん。ありがとう」

   レイはアランに笑顔を作ってみせた。

 

 

 

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