●天才橋爪功
『鬼平外伝 老盗流転』はよかった。
読みたい本がないので気になっていた『鬼平犯科帳』を全巻読み、ついでに図書館にある『鬼平』関連のDVDを借りてみた。どうせなら何か一つのことに詳しくなりたい。
鬼平の世界は私には合わず、本もそれほど楽しめなかったので期待していなかったのだが、『老盗流転』は最高に面白かった。全ての映画と比べてもかなりよかった。名画といえる。
時間をかけて『鬼平』を全巻読み続けたのだが、テレビ映画『老盗流転』が何よりも一番よかった。
橋爪功がよかった。
若村麻由美もとても綺麗でよかった。熟女とは若村麻由美のことをいう。全てよかった。
みてよかった。期待していない分、驚いた。
橋爪功が、名優だと初めて知った。
私はアンソニー・ホプキンスの『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『レッド・ドラゴン』のドクター・レクターシリーズの大ファンで、DVDBOXも全て買ったほど好きだ。アンソニー・ホプキンスをみて、アメリカ映画の俳優ってすごいなーとずっと思い続けていたのだが、『老盗流転』をみて、橋爪功なら、アンソニー・ホプキンスに負けないとしびれた。『老盗流転』をみながら何度もドクター・レクターを思い浮かべ、名優に出会えて嬉しくなった。橋爪功ならドクター・レクターを演じられる。黙っているのに多くを語りかけてくる。黙って動かず、無表情で相手をみる演技がすごい。動かない演技は難しい。できない人は努力したってできる演技ではない。
最後、縁を切った悪仲間と、お互い知らないふりをして無表情ですれ違うシーンがすごかった。すごい関係だ。いい演技だ。いい話だ。いい表情だ。感動した。
私の中の橋爪功が化けた。
普通のおじさん俳優に思っていたのだが、違った。あんな無表情の父親が無言で家にいたとしたら怖い。無言で無表情で動かないことで、名演技をし、強い存在感が発揮されている。
以前に聴いた橋爪功の朗読CDを聴き返した。
橋爪功が朗読した山崎豊子『しぶちん』を初めて聞いた時、一字一句が頭に入ってきて、なんとも面白かった。面白くて笑った。そのまま本屋に行って『しぶちん』を買った。本も面白いが、橋爪功の力は大きい。面白い落語を聴くレベルで面白い。
『老盗流転』を見ながら、『しぶちん』を思い出した。小説が面白いが、橋爪功の朗読も名演技なのだと気づくことができた。なんとなく『しぶちん』を聴き、あまりにも面白かったから文庫本を買いに行って、その時は小説の力だと思っていた。
図書館で橋爪功朗読の川端康成『眠れる美女』を聴いたらよかったから文庫本を買った。橋爪功の朗読を聴かなかったら『眠れる美女』を読み返すことはなかった。橋爪功の朗読は素晴らしい。
朗読CDは面白い。橋爪功のおかげで朗読者の演技を確信した。朗読者によって作品の素晴らしさは倍増し、読書熱を起こさせる。朗読だけでなく、せっかく出逢えた名作を活字でも楽しみたくなり、頭の中で橋爪功の朗読のようにしっかりと一字一句感情を込めて黙読したくなる。橋爪功みたいにゆっくり感情をこめて読み進めても、小説は数時間で読めてしまうことに気づいた。名作を速読してしまってはもったいない。たっぷり味わう。
朗読CDをたくさん聴いた。
池端慎之助の水上勉『雁の寺』が素晴らしい。一字一句頭に入ってきて、本を読んでいるのと変わらない。
仲代達矢 太宰治『人間失格』
伊武雅刀 太宰治『ヴィヨンの妻』
は大大傑作だ。
名古屋章 坂口安吾『堕落論』
も力強くて燃えてくる。
朗読CDに感動がある。無名の朗読者も実にうまい人がたくさんいる。無名の才能といえる。
実力派俳優は朗読も実力派だが、おそらく朗読が天才的にうまい朗読者は実力派俳優であるに違いないことが、橋爪功でわかった。
調べてみると橋爪功は夏目漱石の『三四郎』を全て朗読している。私の町の図書館にはない。橋爪功が『三四郎』を読むなんて聞いただけで興奮する。美禰子の「ストレイシープ」を橋爪功はどのような感じで朗読しているのだろう。橋爪功の『三四郎』をどうしても聴きたくて調べたが、千代田区にも豊島区にも、私に利用資格がある図書館にはなかった。CDは高い。三四郎は長いからCD12枚もあるのだ。お金に余裕があった数年前だったらとっくに買っている。
若村麻由美にも朗読して欲しい。うまいに決まっている。若村麻由美が朗読したら全部聴きたい。
喜多島洋子の川端康成『伊豆の踊子』をみつけた時も嬉しかった。好きな人の名作朗読は音楽を聴くよりもうっとりする。1時間以上も集中して味わえる。十代の時、大好きな人のラジオ番組を聴いていたときめきと全く同じだ。