※大宮妄想小説です
オメガバース(α、β、Ω)のある世界線で生きている二人
お話の都合上、メンバーの年齢差やにのちゃんの家族構成(にのちゃんは大家族)、田舎育ちなど全て妄想
自室のベッドにごろりと横になり天井を見上げる。
まだ夕食が胃の中で攪拌されている感覚があり、仰向けだと少し苦しかった。
体を横向きにすると机の上の便箋が目に入る。
帰宅して買い物袋から出して、そこに置いたままになっていたのだ。
うなじのあたりの髪がまだ少し湿っていた。
今日はあとでドライヤーを借りようかな、と思う。
実家にいた頃は幼いきょうだいと風呂に入り、髪を洗ってあげたり、風呂上がりにはドライヤーをかけてあげたり皆の体を冷やさせないように忙しなかったため、つい自分のことは疎かになっていた。
もうすぐ大野も風呂から上がってくるはずだ。
和也が作った夕食を大野は大層喜んでくれた。
時間が限られているのでそう手の込んだものは作れなかったが、大野は目をきらきらと輝かせながら、全ての皿をあっという間に空にしてしまった。
料理を口に運ぶ合間に器用に「うまい! カズは料理上手だな」と驚いていた大野の姿を思い出すと、つい口元が綻ぶ。
和也としても食べ慣れた味はほっとするし、やはり食事を作ることを提案して良かった。
ドライヤーの音が聞こえてきたので、和也は起き上がりリビングに移動した。
二人とも風呂に入りあとは寝るだけの状態になってから「触れ合い」をし、それが終わればそれぞれの部屋で眠る──なんとなくそういう流れで落ち着いている。
大野を待つためにソファに腰を下ろし、和也は頬をぺちぺちと両手で叩いた。
眠気が凄まじかった。
これはかなり気合を入れないと、触れ合いの最中に意識を失ってしまいそうだ。
「悪い、待たせたな」
目をこすっていたところに大野が戻ってきた。
風呂上がりとあって普段は晒されている額が前髪で隠れている。
いえ大丈夫ですと答えて背筋を伸ばすと、大野も和也の隣に腰掛けた。
もうすっかり慣れたこの家のシャンプーの匂いがする。
それからそれとは別の、花のような淡い香り。
どうもこれは大野自身から香る匂いらしいと、和也は最近になって気づいた。
「良かったら、これを使ってくれ」
言われて視線を上げると、大野がブルーグレーの細長い形状の小箱を差し出していた。
先ほどからそばのテーブルの隅にその箱が置いてあることには気づいていたが、大野の私物だろうと思い気にしていなかった。
断りを入れて箱を開けると、中に入っていたのは黄色のボディのペンだった。
細身でシンプルなつくりだが、クリップの部分に小鳥の形の飾りがついている。
小鳥の目に当たるところに小さな黄色の石が嵌め込まれていた。
なぜか既視感があったが、それよりも、
「え? 俺にですか」
贈り物をもらうようなことをした覚えがない。
だが大野は至極当然といった顔で頷く。
「カズと同居する記念に贈ろうと思っていたが、うっかり渡し忘れていたんだ。手紙を書くと言っただろう? それで思い出した」
まあ書き慣れた道具があるかもしれないがという大野に、和也は慌ててかぶりを振った。
「こんな立派なペン、持ってないです……いいんですか、もらってしまって」
「そうしてくれたら嬉しい。俺も同じところのものを使っているんだ」
お揃いだな、と大野が白い歯を見せて笑う。
なぜか胸が詰まって言葉が出なくなった。
ありがとうございますとなんとか絞り出す。
「そういえば病院はどうだったんだ」
「問題ありませんでした。フェロモンの値も安定してるみたいで、薬も少しずつ減らせるかもしれません」
なんとなく左手首の腕輪に触れる。
松本が言うには、次の検診までのあいだ、もしフェロモン値の動きに危険な兆候があれば、和也と大野に連絡が入ることになっているという。
体調を監視されているようで少し落ち着かない気もするが、安心には変えられない。
「良かった。なら問題はあと一つだな」
「へ?」
「単刀直入に聞く。カズ、きちんと眠れてないだろう」
あ、う、と妙な声が出てしまった。
なんで、と咄嗟に聞き返すと、そりゃあ分かると笑われた。
「隈ができているように見える。欠伸も頻繁だな。そして珈琲の消費量が増えている」
「うっ……」
ぐうの音も出なかった。
日中は別行動とはいえ、同じ家で暮らしているのだ。
体調の変化を隠しきれるわけもない。
「このマンションは防音はしっかりしているから、騒音は気にならないと思うんだが……枕が合わないか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
まさか真正面から聞かれるとは思っていなかったから、それらしい無難な回答を一つも用意できていない。
じっと和也の言葉を待っている大野の顔を見つめ返し、和也は諦めの吐息を漏らした。
こんなにも心から心配しているという眼差しを向けられて、自分が恥をかきたくないからといって、適当な嘘で誤魔化すことなどできない。
そんなことをしたら、それこそ人として恥ずべきことではないか。
「……恥ずかしい話です。俺、五人きょうだいで、ずっと弟や妹と一緒に寝ていて、一人で寝るのに慣れていなくて、です」
やはりどうにも恥ずかしい気持ちは拭えず、目を伏せてぼそぼそと喋る格好になってしまう。
ふっと沈黙が落ちた。
呆れられただろうかと胸がざわつく。
数秒待ってそっと視線を上げると、大野はなんとも形容しがたい表情をしていた。
口元が少し強ばっている。
目の下が僅かに赤いようにも見える。
なぜだろうと不思議な思いで見つめていると、大野が一つ咳払いをした。
「誰かそばにいたほうが寝やすいなら、俺の部屋に来るか」
「へ」
「カズの部屋に俺が行ってもいいが」
「えっ、あの、え? 一緒に寝るってことですか?」
「もちろんカズが良ければの話だ」
大野はもういつもの表情に戻っている。
「カズの体調が良くないのは困る。俺にできることがあればしたい」
「うう……? でも」
どうなんだ、これは──十八にもなって添い寝をしてもらうというのは、普通のことなのだろうか。
いや恐らく普通ではない。
だが大野は心から和也の体調を気遣ってくれている様子であり、そしてこのまま自室に引っ込んだところで熟睡できないのは目に見えている。
一緒に寝てくれるというのなら、恥を忍んで甘えてもいいのではないかとも思えてくる。
しかし、
「そこまで智さんにお世話になるのは、申し訳なくて……」
やはりそんな思いが拭えず、和也は両手で顔を覆って俯いた。
「気にしなくていい。そうだな、もしそんなに気になるなら、手料理の礼ということはどうだ」
「……いや、ご飯は俺がしたいからしただけで……そもそも俺の治療に付き合って一緒に生活してもらっているから、それくらいはやって当然で」
「カズ」
急に厳しくなった声にびくりとする。
顔を上げると、しかし大野は微笑んでいた。
「俺は自分の選択でサポーターになって、自分の選択でカズと一緒に暮らしている。誰に強制されたわけでもない。カズが俺に付き合ってもらっているというのなら、俺もカズに付き合ってもらっていると言っていい」
だから負い目に感じないでほしい、と続く声は柔らかかった。
「正直なところ、俺はカズとの生活がなかなか楽しい」
「それは……お、れも……です」
「そうか」
良かった、と呟いた大野が目を伏せる。
視線が外れて良かったと思う。
じわじわと頬が緩んでしまい、かなり情けない顔になっているような気がした。
「……あの、じゃあ触れ合いもベッドでしたらどうですか」
「んっ?」
「どうせ同じベッドで寝るなら、そのほうが時間の節約になるんじゃないかって」
我ながら名案だと和也は鼻息を荒くした。
少しでも大野の負担を減らしたい。
それに大野との触れ合いは眠気を誘うから、そのまま眠ってしまえたらきっと気持ちがいいだろうとも思う。
だが大野は黙り込み、なぜか天井を見上げて目を閉じてしまった。
「智さん?」
沈黙はなかなか途切れなかった。
「……いや、……そうか。そうだな……分かった。そうしよう」
枕を持っておいでと言われ、一度自室に戻る。
もらったペンの箱はひとまず便箋と一緒に机の上に置いておくことにした。
枕を抱えてリビングに戻るともう電気は消えていて、大野の部屋から微かな明かりが漏れている。
「お邪魔します」
声を掛けて半開きになっていたドアを開けると、ベッドの脇に立つ大野の背中が目に入る。
サイドテーブルの上の小さなライトだけが、部屋の中を控えめに照らしていた。
大野が一つ息を吐いて振り返る。
仄明かりに照らされた大野の端正な顔立ちはいつにも増して美しく見え、和也は思わず息を呑んだ。
「どうした」
大野が眉尻を下げて微笑む。
部屋の入り口で立ち止まっていたことに気づき、和也は慌ててベッドのそばまで近づいた。
ベッドの中央に置いてあった枕を、大野が端に寄せる。
空いた空間に和也が手にした枕を置くと、大野はベッドに腰掛けゆっくりと横たわった。
和也もそれに倣う。
二人並んで仰向けに寝転び、そっと隣に目をやれば、紺桔梗色の瞳と至近距離で視線がかち合い心臓が跳ねた。
大野はふっとその目を細めてから僅かに身を起こし、サイドテーブルのライトを消した。
暗闇の中、布団の中でごそごぞと探るような動きがあって、右手に温かなものが重なる。
思わずごくりと喉が鳴った。
僅かに汗ばんだ大きな手のひら。
毎日触れている手だというのに、何も見えないからだろうか──その温度も感触も、なんだかいつもよりずっと生々しかった。
「眠れそうか」
聞き慣れた声が、聞き慣れない距離から低く囁く。
はい、と辛うじて返した語尾が不格好に掠れた。
ああ俺は緊張しているのかと遅れて気づく。
考えてみれば家族以外の人と同じ布団で寝るなんて初めてのことだから、多少緊張するのも当然のことだろう。
ちゃんと眠れるだろうかと一抹の不安が過る。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
それでも目を瞑り触れた肌の感覚に集中すると、次第に頭の中がふわふわと解けていくのが分かった。
おやすみと言った大野の声の優しさの余韻が、閉じた瞼の上からゆっくりと沁み込んでくる。
咲き始めの花のような甘い香りに包まれ、体の力も抜けていく。
眠りに落ちるまではあっという間だった。
続く
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