「今年度」もあと少しになりました。
当院は通園/通学している患者が多いので、なんとなく1年のサイクルが4月から3月という気分で過ごしています。医療法人の決算も3月閉めなので来月は棚卸や税理士との打ち合わせ等忙しい月になります。
しかし「今年度」はまさに「コロナ禍」一色でありました。
他に何があるというのでしょう?
コロナ禍の下、あらゆる診療科の中で、一番患者数が減っているのが小児科だそうです。これはつまり感染症が減っているということなのでしょうが、壮大な社会実験を意図せず実施してしまったという気がいたします。行動様式/感染防御意識がこれほどまでに影響するとは、医療統計の専門家でも想像できなかったと思います。
さて前置きはこの程度として、新しい機器のご紹介です。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新しい検査機器を導入しました。
Abbott社のID NOW™インスツルメント(等温核酸増幅検査:NEAR法)です。
「お高いんでしょう?」
「うーんクリニックとしてはまあまあ・・・。でもメリットを考えればいい
PCRと同様の新型コロナウイルス遺伝子を増幅し検出する機器になります。
当然保険診療で認められている機器で、PCRとまったく同じ保険算定が認められています。
つまり現時点ではすべて公費負担です、自己負担はありません。
メリットその1(迅速さ)
検体(鼻腔で綿棒)をセットしてから 陽性の場合5分 陰性の場合13分で結果判明。
(PCR検査の場合は当院の場合翌日遅くか翌々日の朝)
メリットその2(精度)
迅速抗原キットとは違い、遺伝子を増幅して検出するため、PCRと遜色ない
PCRとの違い
PCR検査は核酸増幅過程で加温/冷却を繰り返す必要がありますが、NEAR 法(Nicking Endonuclease Amplification Reaction)は冷却の必要がない酵素( polymerase/nicking enzyme)を使用しているので、短時間で結果を得られることができます。
デメリット
PCRですかと聞かれれば、PCRではありませんと答えます。
PCRをはじめとした核酸増幅検出機器にはかなり種類がありそれぞれメリット/デメリットがあります。
Abbott社は増幅過程におけるプライマー設計が優れているという意見もあり、当院ではあえてID NOW™ を採用です。
症状がない方は、自費での検査になりますので、詳細はインフォメーションの「新型コロナウイルス感染症(陰性証明書)」をご覧ください。
ここからはさらに興味がある理系の人向け
Abott社は医療業界では尋常じゃない大手で実績があるので信頼度は高いのですが、ID NOW™購入にあたり、もちろん調査とお勉強はしております。
ただNEAR法という言葉は馴染みがなく(日本Wikipediaにもないし)、まずはAbbott社のHPを確認。
そこには等温核酸増幅技術についてのテクノロジービデオというのがあり、さっそく見てみましたが、なんだか内容が物足りませんね。
そこでAbbott社に連絡を取り、ID NOW™担当者に来ていただきました。まずは営業資料で説明を受けます。「弊社の製品の特徴は・・・かくかくしかじか・・・」
さて実は聞きたかったのは以下のアメリカ事情について。
この機械、アメリカでものすごく使われています。18000台以上が稼働しているとか。そしてホワイトハウスでも使用され、トランプ大統領もこの機械で検査されていたようですが、どうもホワイトハウスで感染者が広がったのは、この機器で偽陰性が多かったからではないかというNewsがでたことがありました。
これについては明確な回答がありました。機器のせいではなく、ある否定的な論文については、検体の扱いがおかしい/症例のCt値が高すぎる、等々の明確な反証があるようです。選挙がらみのネガティブキャンペーンの側面もあるようで、その後も機器は普通に使用され続けていますし、信頼性は問題ないと考えます。
大手医療メーカーは営業部門以外に学術部門があり、専門的資料などはリクエストすれば結構用意してもらえるのですが、事前にお伝えはしていなかったので、詳しいデータ/原理等の資料はないかとお尋ねしたところ、
「とりあえずこの英語の資料しかないのですがよろしいですか?」
ときましたよ。
ということで週末に熟読して、週明けに医薬品卸に発注して、現在に至ります。
肝心の測定原理ですがまずはPCR検査の原理からおさらい
検体の前処理でVirus-RNA(今回はSARS-CoV-2ですが)を精製
(前処理がいらない方法もあり PCR検査も実はいろいろです)
↓
RNAから逆転写酵素でcDNAへ転写
↓(ここからがいわゆるPCR)
Virusに特異的なプライマーがcDNAにくっつく(アニーリング)
↓
プライマーを起点にDNAポリメラーゼが相補鎖を伸ばしていく(伸長)
↓
加熱すると2本鎖が1本鎖になる
↓
冷却 アニーリングに戻る を繰り返し
*増えたDNAに蛍光プローブをつけた相補的DNAを使ってコピー量を測定する。
各サイクルで定量的に常時蛍光測定しているのがRealTime-PCRです。
ということなのですが、次いってよろしいですか?
ID NOW™ のNEAR法(Nicking Endonuclease Amplification Reaction) ですが、略語にもなっているNicking Endonucleaseがポイントですね。
だいたいアニーリング/伸長まではPCRと一緒。
そして、加温で1本鎖をつくる代わりにNicking Endonucleaseという切断酵素が、特定の位置で2本鎖から1本鎖を切り取ります。
たださらっと書ける程単純ではなく、プライマーも複数使います。
Abbottはこのプライマー設計が売りのようです。
加温/冷却がいらずやや高めの等温で反応するので、ものすごく時間が短縮されます。
そもそも分子レベルにおける反応は、我々が想像するよりめちゃくちゃ早いのです。
その後の蛍光プローブ/測定は言わずもがなです、が一定時間で結果を出すので、結果は「定性」になります。
ということなので、ID NOW™はPCRなんですか?と聞かれたらなんて答えるのがベストなんでしょうか?
とりあえず、PCRと同じように遺伝子を増幅させて検出する機器です、と答えますが、禅問答のようです。
賢明な諸氏におかれましては、うまい答え方がありましたらご教授ください。