歩く瞑想 | 悟りの世界に遊ぶだけ~♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)

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悟りを特別なものとして崇め、仰々しく語る時代は終わりました、、(^^)/~~~
悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v

 

というわけで、瞑想と言えば、その場に坐って目を瞑って 「動かない」 というのが一般的ですが、、

 

 

ハリーお勧めの 「歩く瞑想」 について、、

 

当然ながら、私たちは日常の中で、「歩く」 ということを経験します、、あし

 

 

 

この際の共通の意識状態というのは、おそらくは、どこかの 「目的地」 に向かって歩いているというのがほとんどだろうと思います、、

 

即ち、私たちは日常において、「歩く」 度に、、無意識のうちに意識が、「今ここ」 から離れた 「どこか」 へと出かけて行ってしまうという反応に気づかないまま過ごしているというわけです、、

 

 

けれども、私たちの本質は、どんなに歩こうが、、あるいは、どこまで歩こうが、全くもっての不動性、、

 

一歩たりともその 「位置」 を変えるということはありません、、

 

 

これが気づき (アウェアネス) の領域です、、富士山

 

 

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ま、話は戻し、、日々の 「どこか」 に意識が外される 「歩く」 という行為を利用し、、常にある 「今ここ」 に気づくという最も簡単な取り組みをご紹介します、、OK

 

 

それはつまり、、歩くたびごとに、「足裏」 に注意を向けるというものです、、あし

 

 

これから階段を上り下りするとき、自宅を後にして職場に向かうとき、あるいは、終日仕事の中で、、

 

ぜひともふとした時に、「足裏」 に注意を向けてみて下さい、、目

 

 

その瞬間、私たちの無意識的な 「どこか」 という空想上の次元は消散し、本来的で絶対的な存在場、、「今ここ」 にある気づきの領域へと移行が起きることでしょう、、富士山

 

 

 

どんな時でも、あるいは、どこに居ても、、「今ここ」 に気づくということを続けていく中で、、

 

徐々に、常に、「今ここ」 に在るということ、「今ここ」 であるということが明らかにされることでしょう、、

 

 

 

禅においても、経行 (きんひん) という修行で同様の体感を養いますが、、私たちの日常においてもそれはいつでもできる実践です、、あし

 

 

足元へと意識を降ろす、、足元に気づく、、レッツ!脚下照顧!ひらめき電球

 

 

 

 

 

 

※今日も読んで下さり、ありがとうございます!お願い