自らを灯とせよ | 悟りの世界に遊ぶだけ~♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)

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悟りを特別なものとして崇め、仰々しく語る時代は終わりました、、(^^)/~~~
悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v

 

 

ある時代の禅の師とその弟子が夜更けまで話をしていました、、

 

ようやく師は弟子にこう言う、、今日はもう遅い、帰って寝なさい、、( ̄0 ̄)ノ

 

 

その場を後にしようとする弟子は障子を開けるなりこう言う、、外はもう真っ暗です、、バイキンくん

 

 

すると師は、火の付いたろうそくを弟子に渡しました、、( ̄ー ̄)ノふんわり風船星

 

 

 

弟子がそれを受け取った瞬間、、師は、、、

 

 

それを吹き消しました、、(  ̄з ̄)丿フーーーー

 

 

・・・・!!!目

 

 

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さて、何度か紹介したことのある禅のこの逸話、、ひらめき電球

 

 

まさに、不立文字 (ふりゅうもんじ) よろしく、語らずのガイドとはまさにかくの如し、、拍手

 

 

私たちの一般的な価値観からすれば、「真っ暗闇」 に感じられるような場面において、

 

 

前向きな気持ちを抱きながら、希望を持って、明るい未来、ここではないどこかへ向かわせようとする励ましなどが依然として多く見かけられたりするものですが、、

 

 

もちろん、場面に応じてこうしたことを相手を思って投げかけることが功を奏するということはそれなりにあるかもしれませんが、、

 

 

ここだけの話、、笑

 

 

こうした励ましの類に代表されるようなガイドやアプローチは実は間違いです、、秘密

 

 

というのも、、前へ!前へ!と駆り立てることが実際には、その人を焦りと共に消耗や奔走へといざなう傾向がそれなりにあるということに加え、、実際問題、、あるのは、「前」 でも、「先」 でも、「 (明るい) 未来」 でも、「ここ以外のどこか」 でもなく、、

 

 

何の疑いの余地もなく、ありありと在る、「今ここ」 である以上、、「今ここ」 を外させるようなメッセージは、それがどんなに慈悲と思いやりに満ちたものであっても、正しさを語るものでは決してないのです、、手

 

 

 

というわけで、上記の逸話の禅師が指し示したように、、お願い

 

 

頼るべきものは 「ろうそく」 にあらず

 

向かうべき場所は 「どこか」 にあらず

 

 

ろうそくが消えて尚、煌々と照るものは何かを見がよい

 

偽の安心に飛びついたりはせず、ろうそくがあってもなくても、そこに在るものを灯とするがよい

 

向かうべき場所などどこにもなく、お主がお主であるところ、お主自らを為しているものをここに居てここで見つけるだ、、( ̄ー ̄)

 

 

、、とでも言っているかのように私には聞こえる夜長です、、笑

 

 

 

 

「暗闇」 の中でこそ、足元に意識を戻し、その場その場を徹底的に生きる、、あし

 

今居るその場から逃れてより良いどこかやいつかなど、どこにも存在することはなく、実際、「これまでも」、宇宙開闢以来、、そうしたものが存在したことは一度としてなかったのです、、流れ星

 

 

あるのは、いつもいつも、この瞬間、「今ここ」 だけ、、完了

 

宇宙はいつでも、「今ここ」 以外であることも、「今ここ」 の外側にあることもないのです、、

 

 

というわけで、禅とは、、宇宙 (今ここ) と一つになる道なのです、、お願い

 

 

 

※今日も読んで下さり、ありがとうございます!合格