救済~自らを灯とせよ | 悟りの世界に遊ぶだけ~♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)

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悟りを特別なものとして崇め、仰々しく語る時代は終わりました、、(^^)/~~~
悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v


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大昔の話、、ある師匠のことを慕う一人の弟子がいました、、

 

 

・・・・(* ̄ー ̄)         ('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*)

 

 

彼は師匠のそばにいるだけで心からの平穏と至福、充足感を感じていたので、

 

それ以上のことは望みませんでした、、

 

 

しかし、師匠は彼の 「決定的な欠点」 を見抜いていました、、

 

例えば、師匠が説法をするたび、熱心に話を聞き注意深く耳を傾けるというよりは、、

 

 

・・・・ヾ(* ̄O ̄)ノ ペラペラ~        ☆*:+​​​​。:*+゜゜+*:.。.(*´∀`人).

 

 

ただ師匠のことを眺めているだけで、真の探求へと歩み入ることはなかったのです、、

 

 

彼は、師匠が行くところはどこへでもついて行き、いつも師匠の座るところに座っていただけでした、、

 

 

 

そして、師匠はある日、、彼の 「ある欠点」 に自身を向き合わせるために、

 

彼が自らのそばに来ることを禁じました、、従者であることさえも禁じたと言います、、

 

 

悲しみに暮れるその弟子は師匠への敬愛を失ってしまったとのことでしたが、、

 

師匠には彼に気づかせなければならいことがあったのです、、

 

 

 

この師というのが、、釈迦だと言います、、秘密

 

 

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さて、釈迦が何をこの弟子に気づかせようとしたのか、、

 

弟子が抱える、求道上の欠点とは一体何だったのか、、

 

 

 

ハリー的に考察してみますと、、

 

それは、、師匠に 「依存」 し、師匠を 「頼り」 にすることで感じていた、、

 

 

平穏や至福、充足感というものは、実は、「誤解」 以外の何ものでもなく、、

 

その背後にある 「恐れ」 によって支えられたまやかしに過ぎないものだということです、、手

 

 

 

即ち、、「自分」 を救ってくれる 「対象」 である 「師匠」 がいなければ瞬時にその 「救済」 は姿を消し、、

 

師匠が居る場所を求め、師匠の存在を求め、師匠を追い続けてしまう、、ランニング

 

 

師匠の存在が実は、「恐れ」 のエネルギー肥大化させている根本であると見抜いた釈迦は、、

 

 

自らの近くに来ることを禁じ、共に旅をすることも禁じ、、禁止

 

 

彼自身から、依存の 「対象」 である自分を遠ざけさせたと言って良いでしょう、、注意

 

 

 

「恐れ」 が常態化し、肥大化した弟子にとっては、その仕打ちはあまりにも苦しく、悲しいことだったでしょうが、、えーん

 

 

このようにして彼は師匠が本当に指し示した 「救済」 の在りかと初めて向き合う機会を得たのです、、

 

 

 

即ち、、「救済」 は 「対象」 にはあらず、、

 

 

 

実際、、釈迦の遺言でこういうのもあるようです、、ひらめき電球

 

私のことを 「頼り」 になどするでないぞ、、

 

私は 「救い」 ではない、、

 

救済 (光) は、己自身の中にあるのだ、、

 

己自身を 「頼り」 とするのだぞ、、( ̄ー ̄)b

 

 

これがいわゆる、、自らを灯とせよといったところの自灯明 (じとうみょう) というやつですが、、

 

 

真の救いは、、「恐れ」 を覆い隠すことで構築されるものではないということを、

 

求道においては注意深く 「見る」 必要があると言えるでしょう、、目

 

 

 

 

 

というわけで、ついでなので最後に、真の師を見極める上で、

 

秀逸すぎるジョーンさんの文章を紹介、、拍手

 

 

それでも、未だかつて誰も到達したことのないレベルに到達したと主張する人がいると、

 

私は間違いなく警戒します。

 

私がこれまで出会った中で最も明晰な教師は、まったく普通の人たちでした。

 

そうした人たちは謙虚で、もったいぶることはありません。

 

他の人たちにはないものが自分にはあるなどとも言ったりはしません。

 

 

彼らはやって来る人たちが自分で自分自身の最高の教師になれるよう力づけることはあっても、

 

依存関係を進めたり、権威的な存在を過剰に理想化して崇拝しがちな傾向を助長したりすることはありません。

 

最高の教師は、生徒が自分自身を頼るようにします。 (ジョーン・トリフソン)

 

 

 

 

※今日も読んで下さり、ありがとうございます!(#⌒∇⌒#)ゞ

 

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