悟りの世界に遊ぶだけ~♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)

悟りを特別なものとして崇め、仰々しく語る時代は終わりました、、(^^)/~~~
悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v


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というわけで、前回は、

 

 

「身体」 からのアプローチで 「心」 の調整、調和、規律を取り戻していく上で、、

 

禅のスタンスを紹介したわけですが、、虹

 

 

 

これが往々にして、功を奏する場合が多いのには一つ理由があります、、ひらめき電球

 

 

つまりそれは、、シンプルに、「身体」 が常に今に在るからということに他なりません、、秘密

 

 

 

「心」 というのは、便宜上の区切りで、

 

本来的には一定の形を成した 「心」 などというものがあるわけではないのですが、、

 

 

 

「心」 という言葉を、悟り系的に言い替えるとするならば、、

 

「どこか」 と言ってしまっても良いかもしれません、、ランニング

 

 

 

「心」 は、常に、もっと良い 「どこか」 を求め、「今ここ」 ではない何かを探し回っている習性、、

 

 

それが過去であったり、未来であったりすることは場面場面に応じて様々ですが、、

 

オールウェイズ!「あちこち」 のエネルギーであると言って良いでしょう、、UFO

 

 

 

「どこか」 に魅了されることがもはや習慣化、あるいは、常態化しているエネルギーを、

 

辿り着かない 「どこか」 ではなく、すでにここにある目の前のリアリティへと連れ戻すには、、

 

 

「どこか」 へ向かう浮遊の習性を、常に 「今ここ」 に在るこの場へと根付かせることが必要になります、、カエル

 

 

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そこで、「身体」 の存在が有効に働くというわけです、、合格

 

 

私たちの 「心」 が 「どこか」 ばかりを夢見て、「どこか」 を追いかけ、「どこか」 に魅了されているときであっても、、ショボーン照れプンプンニヤリえーキョロキョロムキー

 

私たちの 「身体」 が 「どこか」 へ連れ出されるということはまずないためです、、富士山

 

 

 

「身体」 は常に今に在り、「身体」 に意識を向け、「身体」 と共に取り組み、

 

「身体」 に戻るということを、その修行の中に徹底的に組み込んでいる禅は、お願い

 

 

まさに、こうした構造を見抜いていたと言えるでしょう、、

 

 

 

ですから、彼らは、「身体」 と共にひたすらに行ずることで、、─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ

 

どこにもない 「どこか」 を捨て去り、、初めから辿り着いている 「今ここ」 へと帰還を遂げるのです、、ドア

 

 

 

 

 

ちなみに、、「心身一如」 という書き方もあるようですが、、

 

禅の人々は、、「身心一如」 という書き方をします、、目

 

 

これはまるで、「身体」 性の重要性とそれを徹底しようとする、禅の師たちからの遺言のように感じられるハリーなのであります、、拍手

 

 

 

※今日も読んで下さり、ありがとうございます!(#⌒∇⌒#)ゞ

 

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