悟りの世界に遊ぶだけ~♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)

悟りを特別なものとして崇め、仰々しく語る時代は終わりました、、(^^)/~~~
悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v


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さて、前回登場した、「分かり得ない」 というキーワード、、カギ

 

 

実際の所、この 「分かり得ない」 扉が開くとき、、そこに広がるのは、、安堵です、、ドア

 

 

 

一方で、不思議に思うのも当然の反応でしょう、、

 

なんで分からないのに安心できるの??

 

分かることができて初めて納得できて安心できるってもんなんじゃない?? 的な、、

 

 

 

 

けれども、繰り返しになりますが、、

 

悟り系が用いる、「分かり得ない」 というポインターが指し示す先を真に見い出せた時、、

 

 

そこには、、安堵以外の何もないとも言えますし、、

 

「分かりづらい」 こと、いわゆる、混乱や迷いなどといったものとも無縁であると言って良いでしょう、、

 

 

つまり、、そこにあるのは、、「分かり得ない」 という 「明白さ」 なのです、、秘密

 

 

 

「分からない」 ことに混乱が起きるのは、、それは、依然として 「思考」 がその状態を、

 

概念や定義で納得の行くものに作り上げようとしているからで、、もやもや

 

 

右往左往、あるいは、奔走などといった、、今ここ外し (抵抗やコントロール) に忙しいからであると言うことができます、、

 

 

けれども、状況にどんなに説得力のある 「形」 を当てはめようとも、、

 

概念や定義、観念や信念といったものにしがみつかないことにはそれが持続することはない以上、、

 

 

すべて、「仮の姿」 であって、単にそのように見えるだけの、、「虚構」 であると言って良いでしょう、、

 

 

----------------------------------------------------------------------------------

 

 

そうした、思考の動きを見抜き、あるいは、それに流されずに、、

 

 

ただこのままに現れている、「分かり得ない」 空間に留まるとき、、富士山

 

 

個人的にはとても大好きな逸話に登場する、、

 

釈迦から法灯を受け継いだ、二代目、摩訶迦葉 (まかかしょう) と同じ微笑みをすると言って良いでしょう、、虹

 

 

 

ある日の釈迦が多くの弟子たちを前に、、蓮の花を持ち上げくるっとひねったところ、、

 

「答え」 を 「求めよう」 と右往左往し、、「混乱」 に流されていた弟子たちの中にあって、、

 

 

一人の弟子 (摩訶迦葉) だけが、、その場で静かに微笑んだ、、という、

 

 

いわゆる、拈華微笑 (ねんげみしょう) の逸話です、、合格

 

 

つまるところ彼は、、「答え」 を今ここで発見したわけです、、完了

 

 

 

 

 

 

 

※今日も読んで下さり、ありがとうございます!(#⌒∇⌒#)ゞ

 

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