函館ちゃんちゃんこ物語53(2)
飲み屋のアンケート調査のバイト決行の日。
道場海峡男は、
まずは手始めにキャバレーを一つ回った。
それから、小さなスナック、バー、クラブを巡る予定だ。
夢で見たあの「禁断の大人の世界」・・・ママさんが待っているはず・・・。
「夢のBarリヨン」
近くの本屋「森文化堂」通称「もりぶん」で時間をつぶし、淡い期待を抱いて、気持ちを整えていた道場海峡男であった。
時計は午後6時をまわっていた。ちょっと早いが、いよいよ出陣だ。
海峡男はまず、軽い感じでスナック「ぽん」の店の前に立った。「ここは気軽に入れそうだ」と思った。入り口の感じが、とても気さくで明るい感じのイメージの店である。
深呼吸をしてドアを開けると、カランカランとここもカウベルの音がした。海峡男は、
「おっ!」
を声を出した。瞬間的にあの、「Barリヨン」の記憶が蘇った。すると、
「いらっしゃい!」
明るいお姉さんの声、ホッとして一歩店の中に足を踏み入れた。
けっこう明るい感じの店内、第一印象はとてもよかった・・・が・・・。
奥の方に進もうと二、三歩歩き出した。すると、カウンターにいたおじさんが二人、こちらを向いた。一瞬にして海峡男は後ずさりした。どう見ても、一般人には見えなかった。
二人のおじさんのその鋭い眼光と筋肉質の太い腕、海峡男は瞬間的に、
「あっ、間違いました」
と言って、急いで店を出てドアをしっかりと閉め、スタスタ早歩きで店から遠ざかった。
しばらく歩いたところで、こわごわ後ろを振りむいたところ、誰も付いてこないようなので、ホッとして次の店を探すことにした。
「これはこれは・・・怖~~」
海峡男は、なかなか次の店に入る気持ちが整わなかった。
「また怖い店だったらどうしよう」
何件か店の前を素通りして、ちょっと古そうな和風の店、「クラブあすか」というところに、勇気を振り絞って入ることにした。
引き戸を開け、
「ごめんください・・・」
というと、奥の方に、ちょっと年配の女将さんのような人が見えた。
「あら、いらっしゃい」
ひとりサラリーマンのようなお客さんがいたが、安全そうな店だ。
海峡男は安心して、女将さんにアンケート調査のことを話し、協力してもらうことにした。
女将さんは、
「学生さんかい?一杯飲んで行きなよ」
と、優しく誘ってくれたが、
「ありがとうございます。でも、まだバイトの続きがあるので」
と言って店を出た。
ママさんの「Barリヨン」とは雰囲気は全く違うが、ここもいい店のようだ。
調子の出てきた海峡男は、ママさんの顔を思い出しながら、バー「B」、居酒屋「ばあば」、スナック「みなと函館」、クラブ「ぶらく」と、精力的にまわった。バイトは順調に進んだが、肝心のママさんの店はなかった。淡々と事務的にアンケート用紙を配り、午後9時ころ、特別なサービスも誘惑?もなく、あっけなく終了した。
海峡男は、「労働とは、感動も感情もなく、地道な作業の連続である」ということを、このバー、キャバレー、スナック巡りのバイトで学んだ。
松風町の電停から電車に乗り、五稜郭公園前の電停で降り、とぼとぼ部屋まで歩いて帰った。着慣れないブレザーとスラックスを脱ぎ、ハンガーにきちんと掛けて、顔を洗った。
その日は、「ミリンダグレープ果汁入り」の瓶を開けた。ミリンダグレープ果汁入りは、「禁断の大人の香り」よりもいい香りであった。
・・・・・。
続きます
※おことわり
この物語は、実際にあったかどうか疑わしいことを、作者の老化してぼんやりした記憶をもとに書かれていますので、事実とは全く異なります。登場する人物、団体、名称等は、実在のものとは一切関係はありません。
また、物語の中の写真はすべてイメージです。
「函館ちゃんちゃんこ物語」
毎年届く年賀状。その中には学生時代の懐かしい仲間のものもある。いつの間にかみんな年を取った。
道場海峡男(どうばうみお)は、本棚の隅から、色あせた大学の研究室の機関誌「学大地理」を取り出した。40年前の懐かしい思い出の数々が鮮明に蘇って来た。
研究室の仲間、ちゃんちゃんこ軍団の同志、4年間の輝く函館の歴史がここにある。