この写真は1952年、フランス ブルゴーニュのシャブリ、ドメーヌ ジャン・コレのシャブリ プルミエ・クリュ ヴァイヨンでの収穫風景です。着目していただきたいのはヴァイヨンの畑の向こう側の斜面にブドウが全く植えられていません。ヴァイヨンの南隣の丘はモンマンで斜面の向こう側、つまり南側のブドウ畑がプルミエ・クリュに指定されています。モンマンの北斜面はシャブリ ヴィラージュでプルミエ・クリュではありませんが、今では全てブドウ畑になっています。

スラン川からセーヌ河と川伝いにパリに大量のワインを供出していたシャブリ、鉄道路線から外れ、2つの大戦で大きな被害を受けたシャブリは1955年の時点で僅か550ヘクタールに減少していました。

そして1970年代にアメリカを中心に辛口白ワインの代名詞としてシャブリが大流行し、ブドウの栽培面積もあという間に50年代の10倍の5500ヘクタールに広がりました。こうした状況の中で大量のシャブリが生産されるようになり、シャブシャブ・シャブリといわれるようなシャブリが出てきたことが思い出されます。

50年代に栽培されていた550ヘクタールの畑を有する生産者は僅か10家族程でしたが、それぞれが最高の栽培条件を持つ畑を所有しており現在もトップクラスのシャブリを生産しているドメーヌです。ドメーヌ ジャン・コレはその中の1つで、このドメーヌの特徴は全生産数の半数以上がプルミエ・クリュとグラン・クリュで占められていることです。1700年代からシャブリでブドウ造りを行ってきた家系に伝えられたシャブリの村に近い最高の立地条件を持つ、前出の写真のような畑でした。

畑さえ良ければ良いワインができる訳ではありません。人が適切に介在しなければワインは生まれません。長い伝統を引き継いできた現当主ロマン・コレは父親のジル・コレが実験的に行ったビオ栽培をドメーヌの畑全体に広げ、既にグラン・クリュとプルミエ・クリュの全て、そしてヴィラージュの大半をビオロジックでの栽培に転換してきました。ロマンは20歳の時に全仏の若手生産者による試飲コンクールで優勝するなどワイン造りの基礎に加えてワイン造り感性を備えた造り手でもあり、コレ家のシャブリの伝統を進化させたワイン造りを実践し、確実に成果を挙げています。

 

今月のワイン王国、「シャブリ 評論家ミシェル・ベタンヌ氏 完全テイスティング」にも明確に表れています。2017年のシャブリ ヴィラージュはトップのポイント、プルミエ・クリュ ヴァイヨンも第2位のポイントを獲得しています。ジャン・コレの実力を評価いただいたと思います。