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古高俊太郎 小説 紅い跡 前編~
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空気がひんやりとした音を奏で始める。
青く高かった空も、寂しさを湛えた低い色に変わり、それを燃やすかのように木の葉達が赤く色付いていた。
「──もう秋か・・・本当に早いなぁ・・・」
沈みゆく紅い陽とすっかり秋に染まった島原の街を見ながら、私は名代として俊太郎様の元へ向かっていた。
なにやら私に見せたいものがあるとかで 俊太郎様がいつもと違うお座敷を用意してくれたのだ。
こういうことは本当は特別なことなのだけれど、
仕方ないなと諦めたような面持ちでいつも私の我儘を許してくれる秋斉さんにはとても感謝している。
・・・・・ただ・・・・
私はそっと首筋に手を添えた。
「これ」・・・俊太郎様に隠し通せたらいいんだけど・・・
──案内された部屋の前に腰を降ろし高鳴る心臓を抑えながら名を名乗ると
「お待ちしてましたえ」と相変わらずの甘く低い声が部屋の中から聞こえた。
甘くぎゅっと締めつけられる心を抑えながらゆっくり扉を開けると
彼の美しい頬笑みが私を迎え、私の心は更に鼓動を増す。
煌々と蝋の火が灯る部屋に佇む俊太郎様は相も変わらず気が遠くなるほど美しくて、
彼が纏う眩暈がしそうなほどの色香はいつもこうして私を蕩けさせてしまう。
俊太郎様はふと笑みを浮かべるとそんな私の手を引きそっと窓の横に立たせ
形のいい唇を耳元に寄せ甘声で囁く。
「○○はん・・・お呼び立てしてえろうすんまへん・・
あんさんにどうしても見せたいもんがあったさかいに藍屋さんには無理を申し上げてしまいました。」
耳にかかる熱い息にじわりと体が痺れてしまいそうになりながらも私はなんとか言葉を返した。
「み・・・見せたいものですか?」
「へぇ・・いや・・一緒に見たかったものというた方が正しいかもしれへんな・・・」
そう言って俊太郎さまは私の手を引いたままにっこりと笑うと
赤い鮮やかな木で造られた大きな窓をゆっくりと開け放った。
──その瞬間、月明かりと共に私の目前に現れたのは
言葉にできないほど鮮やかにそして燃えるように赤く色付いた木々だった。
窓が開け放たれたと同時に、冷えた風に乗り幾枚もの紅の葉が嵐のように部屋中に舞い込み
畳上を赤く染め上げ、あまりに美しい景を私の目に焼き付ける。
「き・・・きれい・・・・・・・・」
思わず漏れてしまった感嘆の声に俊太郎様は嬉しそうに微笑んだ。
「・・・・お気に召してくれはりましたか?・・○○はん」
「・・・・はい・・・・とても・・綺麗です・・・
嬉しいです・・・ありがとうございます・・俊太郎様・・・・」
俊太郎様の心遣いとあまりに美しい紅の景に思わず涙ぐんでしまった私の掠れ声に、
俊太郎様は嬉しそうに更に笑みを深めると、私の肩をそっと抱き寄せ言葉を続けた。
「わても幸せどす・・こんな美しい景色をあんさんと共に心に留めておける・・
今この瞬間のこの絵はあんさんとわてだけのもんやさかい・・」
──ふと美しい漆黒の双瞳が私を捕えた。
吸い込まれそうな瞳に心が融ける。
彼の長く美しい指がそっと私の唇をなぞる。
・・キスをする前の彼の癖・・ ただ・・それだけなのに私の唇からは思わず甘い息が零れてしまう。
それほど彼の所作は妖艶で全てが美しい。
形のいい唇が近きそっと瞳を閉じようとした刹那──俊太郎様が驚いた声と共にで私の首筋に触れた。
「○○はん!どないしたんどすか?・首筋に包帯が?・怪我でもされたんどすか?」
心臓が大きく鼓動を打った。私はそれを悟られないように慌てて言葉を返す
「え!あの・・これは!む・・・虫です!
虫に刺されてしまって・あの・・それであまりの痒さにたくさん掻いてしまって
・・あの・・それで菖蒲さんに巻いて頂いたんです・・」
────小さな嘘を・・・
「そう・・・・どしたか・・えろうすんまへん・・部屋を暗うしてたさかい・・ 気づくのが遅くなりました。
それは難儀どしたな・・?大丈夫どすか・」
「は・・・はい!大丈夫です!もう全然平気なので・・あ・・そうだ!あの俊太郎様??
・・・・・お酒!・・お酒呑みますよね?お・・・注ぎ・・・お注ぎしますね!」
「・・・・・・・・・・・・
・・・・・へぇ・・・」
──私は首筋に延ばされかけた彼の手を避けるようにして御膳の前に移動する。
俊太郎様は少し怪訝そうにしながらも私と同じように腰を降ろし赤い盃を手に持ち傾ける。
私はそれにゆっくりと酒を注ぎこんだ。
俊太郎様はおおきに・・と小さく微笑むと洗練された仕草でそれを口元に運ぶ。
酒で湿った唇が艶めかしく、整った横顔が灯りに照らされてそのあまりの美しさに思わず息を飲んだ。
──この人はどうしてこんなに全てが綺麗なんだろう・・
── それに比べて私は・・・・私は・・・・・
「・・・・・っ!○○はん!?どないしはりました??」
「え??」
俊太郎さまの驚いた様子に私は初めて自分が泣いていることに気付いた。
ハッと慌てて自ら頬を拭うと同時に俊太郎様の大きな手も私の頬の涙を拭っていた。
そして両の手で私の頬を包み込むと、確かめるように顔を覗きこむ。
「○○はん・・・・・?大丈夫どすか?ほんまにどないしはったんや?何かありましたんか?」
・・・どうしよう・・・
涙が止まらない。
やっぱりこの人に嘘はつきたくない・・どんな小さなことでも
・・・ 嘘のない私で堂々と側にいたいよ・・・・
「・・・俊太郎さま・・・・・・・
ごめんなさい・やっぱり私遊女には向いていません・・・
上手く嘘を付けなくて・・・・弱くてごめんなさい・・・・私・・・・私・・・」
「・・・・・・・○○はん・・・?」
私は意を決して首に巻かれた包帯を取り始めた。
露わになった首筋を見て俊太郎さまの瞳の温度が下がるのを感じた。
そこにあるのは小さな赤い跡。
「・・・・これは・・」
小さく震える彼の指がその跡にそっと触れ、低い温度のない声が部屋中に響く。
「俊太郎さま・・ごめんなさい。私・・」
「・・・・・・どこぞの誰かに吸われたんどすか?」
空気を裂くような声に背筋がびりっと震えた。
「あの・・でも・・・・・・・・・・・っつ!!!」
───刹那 力任せに腕を引かれ彼の腕の中にこれ以上なく強く抱き寄せられた。
と同時に両の手で自由を奪われ首筋に生温かい彼の唇が推しあてられる。
チリっとした痛みを感じ、同じ場所を彼に吸われているとわかった瞬間思わず甘い声が漏れた。
苦しくなるくらい抱きよせられたそのまま耳元で低い声が響く。
「・・・・・その男にもそんな甘い声を聞かせたんどすか?」
「・・・っ!・・・ち・・・・違います・・私・・」
「こうやって抱きしめられたんどすか?」
「!!!!」
「こうして身を任せた?はは・・どないしよ心が地獄の業火に焼かれるようや・・」
「違います!だから!!ん!」
唇が重なった。いつもの与えられる優しいキスではなく奪われるキス
激しくて震えるほどそれは奪われるキスだった。
後編へ続く
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写真素材 フリー素材ajari様
挿絵 kanaはん
そうなんですううう!挿絵を書いてくださっのはなんとkanaはんでっす!
きゃーーー素敵でしょーもう素敵過ぎるよううううこの挿絵!
後半にも素敵な挿絵がありますのでお楽しみに♪
こんなとーーーっても素敵な絵を書いてくださった素敵絵師の
kanaはんの素敵ブログはこちらでっす(*^_^*)
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Sketch booK -艶絵巻-
色んな後書きは後編が終わった後にしますね♪てへぺろ
読んでくださってありがとうでっす♪
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