管長から学ぶ | 吉祥院 ~茨城県石岡市(旧八郷町)で約900年続く真言宗豊山派のお寺ブログ(お坊さんのことば)~

吉祥院 ~茨城県石岡市(旧八郷町)で約900年続く真言宗豊山派のお寺ブログ(お坊さんのことば)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺ブログです。

毎日6:00ころに更新される

円覚寺管長侍者日記があります。

管長のページ | 臨済宗大本山 円覚寺 (engakuji.or.jp)

 

いつも拝読させていただき

様々な智慧をいただいております。

 

また、毎日欠かさず更新されることに

驚きます。

 

8/13の日記は

「理不尽」というタイトルでした。

 

管長は、厳しい禅の世界で修行する中

おそらく多くの理不尽なこと

不条理なことを経験されてきたと思いますが

 

今、弟子を指導する側にあって

鍛えるためといっても

理不尽な教育には否定的な立場です。

 

とはいえ、理不尽に耐えることにも

いくらかの意味があるときづいたといいます。

 

それは、他者の苦しみや辛さを理解し

思いやる心を育むためであり

 

時に、理不尽な体験をすることで

思いやりの心を忘れないように

なるのだとおっしゃいます。

 

日記の最後には

 

自然災害をはじめ、悪いことをしていなくとも

災難にあうように

理不尽なことは世の中にいくらでもある。

 

辛い目にあって、人の辛さをわかる

「思いやり」の心を養う。

そのために、理不尽な目にもあうのかと

思った。

 

と述べておられます。

 

毎度、自身の経験や知識から

発せられる言葉は

示唆に富んでいます。

 

この日の言葉からは

理不尽や不条理に対して諦めの態度で

否が応でも受け入れるだけでなく

 

そういった現象も意味のあるものとして

捉えることも重要なことだということを

感じました。

 

仏教は、この意味を求める社会から離れ

意味など求めない時間や生き方を

主張しがちですが

 

意味があることと一口に言っても

様々です。

 

他者のために繋がるのであれば

それは良い意味の求め方といえましょう。

 

欲に関しても同様です。

 

自我に従った欲は否定されますが

社会のため、他者のための行動への

意欲というのは肯定されます。

 

「縁」という言葉があります。

 

あらゆる出会いや物事

身に降りかかる現象を「縁」として捉えて

 

それを自分や周りの存在にとって

プラスの方向へと向けていくことが

仏道において最も大事なことだといえます。

 

南無大師遍照金剛

 

吉祥院(茨城県石岡市)(@kichijoin_manizan) • Instagram写真と動画

 

吉祥院副住職, 興健|note

 

8月28日に瞑想会を行います。

ご予約は以下からお願いいたします。