仏教寺院 | 吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。

仏教が生まれたころのインドでは

出家修行者は定住することなく

布教の旅をしていました。

ただ、雨季のときは仮の小屋に

留まって、そこで行を

行なっていました。

 

やがて、仏教に帰依を示す

王族や商人たちによって

修行者たちが雨季を過ごすための

場所が寄進されるようになりました。

 

それが精舎とよばれる僧院です。

僧院が建てられるようになってからは

そこが僧侶たちが生活する場と

なりました。

 

精舎というと、祇園精舎や竹林精舎などが

知られますが、元来はサンスクリット語で

ヴィハーラといいます。

「自己を研鑽する者の舎宅」の意味です。

 

祇園精舎は平家物語にも出てきますが

お釈迦様が多くの説法を行った場所として

有名です。

スダッタ長者という在家信者が当時の

仏教教団の為に建立しました。

 

竹林精舎は当時栄えていたマガダ国の

首都である王舎城に建てられた

最初の仏教寺院といわれ

お釈迦様はここにも長く滞在し

多くの説法を行ったとされています。

 

これらが仏教建築の起源となりますが

それからお釈迦様が入滅すると

遺骨を祀った仏塔という新たな

仏教建築が現れ、それから

アジア、中国、日本へと仏教が

伝わっていく中で多種多様な

仏教建築が登場します。

 

日本における初めての寺院は

6世紀の飛鳥寺といわれており

朝鮮から来た大工によって

建てられたようです。

 

その後の7、8世紀は

遣隋使や遣唐使によって

中国の様式を取り入れた寺院が

建立されましたが、遣唐使の停止が

なされて、8世紀以降から

日本独自の建築様式が生まれました。

それが「和様(わよう)」です。

 

唐招提寺の金堂や、新薬師寺の本堂が

有名で、装飾が少ないことなどが

特徴です。

 

それでも鎌倉時代に入ると中国から

大仏様と呼ばれる様式や

禅宗とともに禅宗様と呼ばれる様式が

伝わり、様々な建築が登場しました。

 

日本に伝わった仏教は伝統的な教え

だけでなく中国の最新の文化や

技術とともに入ってきて

それらを取り入れながら発展してきました。

特に建築技術については

中国からもたらされたものが

発展をリードしてきたといえます。

 

話はそれますが、お寺には○○寺

という「寺号(じごう)」、

○○山という「山号(さんごう)」があります。

さらには「院号(いんごう)」が付く場合も。

 

寺号は、僧侶が住み、仏像を安置する場

である「寺」の名前を表すので最も重要といえます。

山号は、昔の中国でお寺といえば

人里離れた山に建てられることが多かった

ためにその山の名前でお寺が

呼ばれていたことに由来します。

 

院は、垣根をめぐらした建物や僧侶が

住む場所という意味があるので

寺の通称として院号を用いている

ところも多くあります。

 

ちなみに当山は

摩尼山 吉祥院 廣厳寺といいますが

通称は、吉祥院となっています。

また、総本山の長谷寺は

豊山 神楽院 長谷寺です。

 

お参りするお寺の山号や寺号が

何というか、その由来は何であるか

を調べてみるのも面白いかもしれません。