お釈迦さまの修行 | 吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。

仏教の開祖である釈尊は、インド北部を

統治していた釈迦族の王子として

生まれました。

紀元前5~4世紀のことです。

 

伝説では、母親のマーヤーの右脇腹から生まれ、

すぐに立ち上がると7歩進んで右手を挙げ、

左手で大地を指し、

「天上天下唯我独尊」と述べたといわれます。

 

王族ですから生活に困ることはなく

裕福な暮らしをしていましたが、

いろいろと悩み多き青年だったといいます。

やがてその生活を捨てて

出家することになります。

 

16歳で結婚したといわれ、子供もいました。

王子としていずれは国を継承するように

期待されていましたが、29歳の時に出家します。

出家を決意した経緯は「四門出遊」として

表わされています。

 

城には東西南北に門があって

まず、東門を出てみると

年老いた老人の姿を目にし、

誰もが老いていくことを知ります。

 

南門を出ると、病に苦しむ人を見て

健康な人もいつ病気に苦しむことになるのかと

いうことを知ります。

 

西門から出ると、死者の姿を見て、

命の儚さを思い知らされます。

 

最後に北門を出ると、出家した修行者を

目の当たりにします。

その修行者は苦悩から解放されて

清々しい様子に見えたといいます。

 

これによって釈尊は心動かされ、

出家の思いを固めたとされています。

その後、大事な家族を残して出家し、

2人の仙人の下で修行を行います。

 

アーラーラ・カーラーマという仙人のところでは

「無所有所」という何物にも執着しないという

境地に達しますが、この法では欲から

離れることはできないとして

仙人の下を離れてしまいます。

 

次にウッダカ・ラーマプッタに師事し

「非想非非想処」の境地に到達します。

これは、心の中で何かを思うのでも

思わないでもない、という境地ですが

ここでも釈尊の理想には至りませんでした。

 

ウッダカのところからも離れることとなり

釈尊は苦行の道に入ります。

最終的には6年間の苦行の末、

瞑想によって成道したと伝えられています。

 

仏教の教えに「中道」というものが

ありますが、これは両極端を離れるという

教えです。

快楽の中にいても、苦行を続けていても

悟りには至ることはないということと

思われます。

 

これは釈尊が自身でいろいろな経験の中で

導き出された教えです。

ですから修行者には初めから苦行は

必要ないということではありません。

 

最終的には、快楽も苦行も

否定されますが、

そこに至る方便としては、

それも必要とされるのです。