出家 | 吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。

 お釈迦様は、成道後数年すると、故郷に戻り、父や養母に再会しました。そのとき、シャカ族の多くの人たちが出家して、お釈迦様の弟子となりました。従弟や実の子供であるラーフラもそこに含まれています。

 

 釈尊は、はじめは女性の出家を認めていませんでしたが、前の記事で述べたように、男性出家者とは厳密な区別と設けることでそれを認めたのです。マハー・パジャーパティという継母が女性初の出家者となり、妻のヤショーダラも出家しました。

 

 お釈迦様は、インドの至るところで布教し、多くの弟子をもちましたが、その多くは商人階級やバラモン階級であり、農民たちに布教した形跡があまりないといわれています。農民に支持基盤がもたれなかったことが、後に仏教滅亡となった原因の1つとも考えられています。

 

 当時のインドでは、バラモン教という仏教誕生以前からあった宗教にもとづく身分階級がありましたが、そのような階級に関係なく、仏弟子になることができるというのは仏教の特徴の一つです。ただし、後には社会的地位などが出家の際に問われることになったようです。

 

 日本の仏教でも、基本的に社会的地位や来歴が出家の可否に問われることはないと思います。在家で社会人をある程度経験した後に僧侶になる人もいれば、仕事を引退した後になる人もいます。来るもの拒まずというのも、仏教が誕生して以来の基本的態度といえるでしょう。