僧侶の生活 | 吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。

出家修行者の最終的な目標は、

 

「あらゆる執着をなくして

心の乱れの全くなくなった

涅槃の境地(悟り)」

 

です。

 

僧団の中での持ち物は、

布でできた衣や托鉢で用いる鉢など、

最小限に限られていました。

 

そこに制限がなければ、

いつまでも欲望を捨てることができません。

余計な雑念が生まれてしまうからです。

 

 

出家者は、

決まったところに住むことはなく、

遊行生活を基本として

森林などの静かなところで

寝泊まりしていました。

 

午前中に托鉢に出かけて

食料を恵んでもらい、

その後は説法したり瞑想するなど

していました。

 

また、インドの雨期は5月から8月で、

その時期は遊行が難しいので

托鉢は行わず、

特定の信者の供養を受け、

僧院で瞑想に専念していたようです。

 

 

半月に一度、

集まって戒律を確認する儀式が行われ、

そこで自らが犯してしまった罪を

懺悔する儀式が行われていました。

 

この儀式は

ウポーサタ(布薩)といいます。

 

在家者も出家者にならって

汚れのない生活を守り、

心を清めるよう努力し、

説法を聞き、

出家者に食事を供養すること

などが定められていました。

 

 

教団での生活は

上述したようなものですが、

 

最初に述べたように、仏教修行では、

仏の教えをしっかりと聞き、

瞑想などによって

あらゆる執着から離れることを

目標とします。

 

それの手助けとして

戒や律というのがあるのです。

 

戒律については

またの機会でお話ししますが、

そのような決められた規律がなければ、

また、あったとしても

それを厳密に守ることができなければ、

心の乱れのなくなった涅槃の境地には

至ることはできません。

 

 

阿羅漢(悟りの境地に達した聖者)たちは、

教団内での決まりをしっかりと守って生活する一方で、

自らの煩悩との戦いを経て、

悟りに達することができたのでしょう。

 

日本に伝わった仏教には

初期の仏教教団のような

厳しい戒律はありませんが、

僧侶を含め、

仏教信者は自らを律して

少しでも執着をなくしていこうとする

向上心をもつべきであると思います。

 

宗教としての仏教が

今後も存続していくには

重要な点であると思います。