昔いた町 | かものはしの口遊

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令和元年に、14年目を迎えるかものはしの口遊。
毎日綴り続けてきたが、2つの時代をどこまで綴り続けて行けるだろうか。

今日は珍しく土曜出勤。

何しろ今日は面接官である。

ついこの間の日曜日に面接される側だったのに、今回は迎え撃つ側である。

さすがに毎年の事なので慣れてはきたが、面接を受ける側の気持ちもよく分かる

何もこんなに緊張しなくても…と思うが、やはり緊張するんでしょう。

わしのように、面接直前まで近くの公園をフラフラするくらいの余裕が欲しいものである。

…いや、そんな諦めたような気分で面接に来る人はおらんか。

 

仕事に行ってる間に、テレビでわしが島根にいた頃の町が出てたらしく、相方が録画してくれました。

コンビニまで30キロ。

田舎に一軒だけ残ってる家を取り上げておった番組のようでした。

もう10年以上経つが、そうか、あの集落は今や1軒だけなんだ…というのに驚いた。

というか、そういう集落が乱立してる絵にかいたような限界集落。

わしがいた頃が、大阪市並みの広さで人口が1500人。

人口密度がオーストラリアと言われておりました。

確かに隣町のコンビニまで30キロかかったけど、毎日のように仕事が終わったら行っておりました。

買い物もそのくらいかかります。

まだ20代だった頃なので、定年までここにいる訳にはいかない…と一念発起して北海道に来た訳だが、今となってはあの時代が礎になって今があると思います。

なかなかああいう田舎に住むことも人生無いからのぉ。

わしが生まれた村だって、あの町より大きいし。

…みんな元気かのぉ。人口がさらに300人くらい減ってるみたいだが…

 

さて、久々の5連勤を終えて、明日から3連休である。

泥のように眠りたいが、「おやすみ日本」が気になるのぉ。