アメリカまたも外交的敗北 朝米が同時に第3次高位級会談合意内容を公表  | 朝鮮問題深掘りすると?

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初老の徳さんが考える朝鮮半島関係報道の歪み、評論家、報道人の勉強不足を叱咤し、ステレオタイプを斬る。

23,24日の朝米第3次高位級会談の合意内容が明らかになりました。朝米第3次高位級会談の合意内容と関連してMSN産経(2012.3.1 01:17)は「【ソウル=加藤達也】ウラン濃縮と核実験、長距離弾道ミサイル発射実験のモラトリアム(一時停止)や国際原子力機関(IAEA)査察要員の復帰受け入れなど、北朝鮮の金正(ジョン)恩(ウン)新体制は米側の要求を丸のみしたかに見える決断をした。その背景には、北朝鮮が総力を挙げる4月15日の金日成主席生誕100周年を前に、米国からの食糧支援に一定のめどをつける一方、核問題をめぐる6カ国協議の再開に結びつけ、体制の根幹に関わる経済立て直しへ道筋を付けるという外交戦略があるとみられる。」と書きました。相変わらずアメリカの発表だけに基づいてアメリカの意に沿った受け取り方をしています。実に産経らしい記事です。こうした見方が一度も記事の正確さを担保したことがなかったことを知らないようです。そこで産経の記事がどれだけいい加減な手前味噌なものかを見てみたいと思います。


今回の朝米高位級会談の合意内容については朝米共に同時に公表しています。 2日、朝鮮中央通信記者の質問に対する朝鮮外務省代弁人の回答、さらに同日米国務省のノーランドスポ-クスマンによって公表されたのです。

しかし朝米の発表には若干の違いがあって,慎重にならざるをえません。まず朝鮮側の発表を見てみます。朝鮮側の発表では「2011年7月と10月の二度にわたる高位級会談の連続的過程である今回の会談では、北米関係改善のための信頼醸成措置と朝鮮半島の平和と安定補償、6者会談の再開問題と関連した問題が、真摯にそして深度のある討議が行われた」と今回の会談の性格をはっきりさせています。


代弁人は「北米双方は 9.19共同声明履行を再確認し、平和協定が締結されるまでは停戦協定が朝鮮半島の安定のための礎石になることを認めた。双方はまた、北米関係を改善するための努力の一環として一連の措置を同時に取ることで合意した」「アメリカは朝鮮をこれ以上敵対視せず,自主権の尊重と平等の精神から双務関係を改善する用意が出来ていることを再確認した」と明かしました。


こレに対しアメリカ側は「アメリカは対北敵対的意思を持ってはおらず,相互主権尊重と平等の精神に基づき両者の関係を改善する用意が出来ていることを再確認する」「アメリカは9.19共同声明遵守の意志を再確認する」「アメリカは1953年停戦協定を朝鮮半島平和、安定の基礎であることを認める。」と発表しています。朝鮮側の発表した「北米関係改善のための信頼醸成措置と朝鮮半島の平和と安定保障、6者会談の再開問題と関連した問題が真摯にそして深度のある討議が行われた」と言う事が抜けています。


朝鮮側代弁人はさらに「アメリカは文化、教育、スポーツなど多方面で人的交流を拡大する措置を取る意志を表明した。」「アメリカは対朝鮮制裁が人民生活など民需分野を標的にしないことを明確にした。」これに対してはアメリカも次のように同様な評価を下しています。「アメリカは文化、教育、スポーツの分野などで人的交流を増大させるための措置を取る準備ができている」「アメリカの対北制裁は北朝鮮住民の日常生活に対する制裁を目標にしたものではない」
しかし最も注目された問題と関連しては言い分が多少違っています。


まず朝鮮側の発表を見ると「我々はアメリカの要請を受け朝米高位級会談の肯定的な雰囲気を維持するために結実のある会談が進む期間、核実験と長距離ミサイルの発射、寧辺ウラニウム濃縮活動を臨時中止しウラニウム濃縮活動の臨時中止に関する国際原子力機構の監視を許す事にした」と明かしていますが,アメリカ側の発表では「非核化の意志を示すために長距離ミサイルの発射、核実験およい寧辺ウラニウム濃縮活動を含む寧辺での核活動に対するモラトリアム移行について同意した。北朝鮮はまた寧辺ウラニウム濃縮活動に対するモラトリアムを検証、監視し、5Mwおよび関連施設の不能化を確認するためのIAEAの視察団の復帰にも同意した。」となっています。


大事な違いはモラトリアムの期間についてアメリカ側の発表でははっきりしていないという点ですが、朝鮮側の発表では「朝米高位級会談の肯定的な雰囲気を維持するために結実のある会談が進む期間」と明確に線を引いている事です。さらに寧辺の他の各施設について朝鮮側の発表は触れていないのが,アメリカ側の発表では「5Mwおよび関連施設の不能化」というように拡大しています。


また食料支援問題については朝鮮側が「アメリカは朝鮮に24万トンの栄養食品を提供し追加的食料支援を実現するために努力することにし、双方はそのための行政実務的措置を即時取ることにした」としているのに対し,アメリカ側は「栄養支援24万トンとともにこうした支援伝達時に要求される徹底した監視問題を進展させるために必要な行政的細部事項を確定するために北朝鮮と協議を持つことにした」とやはり違ったものになっています。朝鮮側が「即時取る」としているのに対し、アメリカ側は「必要な行政的細部事項を確定するために北朝鮮と協議を持つことにした」と言っているのです。


このようにいくつかの違いはありますが、最も注目する点は朝鮮側がウラン濃縮モラトリアム措置について「我々はアメリカの要請を受け」「朝米高位級会談の肯定的な雰囲気を維持するために」実施するとその立場をはっきりさせている点でしょう。それは「朝米高位級会談の肯定的な雰囲気」が壊れた時点で終了すると言うことです。


そしてアメリカは「アメリカは様々な分野で北朝鮮の行動に未だに深い憂慮を持っている」としていますが、こうした態度は「今回の会談では北米関係改善のための信頼醸成措置と朝鮮半島の平和と安定保障、6者会談の再開問題と関連した問題が真摯にそして深度のある討議が行われた」という朝鮮側の受け取り方と相容れないもので、朝鮮のウラン濃縮モラトリアムが不安に包まれたものだと言う印象を拭えないものにしています。また合意内容に関する朝米の言及に違いがある事から、今後も対立が続く可能性が濃いこと考えるべきでしょう。。


しかし今回の合意には重大な,見逃せない点もあります。「平和協定が締結されるまでは停戦協定が朝鮮半島の安定のための礎石になることを認めた。」という点です。これについてはアメリカ側も「アメリカは1953年停戦協定を朝鮮半島の平和と安定の基礎である事を認める」としています。


これがどんな意味を持つか考えてみると重大な点が浮かび上がります。朝米とも停戦協定を平和と安定の基礎、礎石として認めるとしていますが、それは朝鮮停戦協定を遵守するという事に繋がります。ところでその停戦協定は停戦協定締結3ヶ月後までの一切の外国軍の撤退を規定しており、北側はそれを遵守しましたが、今なお米軍は朝鮮半島に居座り続けているということがクローズアップされることになります。


停戦協定を平和協定締結までの「朝鮮半島の平和と安定の礎石」である事を認めた米国に、もはや米軍撤退拒否の口実はなくなります。また停戦協定は停戦後、南北は領域外からの一切の兵器の搬入を認めていません(交替は除く)。つまり停戦協定を平和と安定の礎石として認め、遵守する限り米軍が持ち込んだあらゆる最新兵器は撤収しなければなりません。


しかし、正直言ってアメリカにそんな考えは微塵もないと思われます。現在強行しているキーリゾルブ米韓合同演習も停戦協定に違反しているのですから、アメリカに停戦協定を遵守する気など全くないと思った方が良いでしょう。


こう考えると朝鮮側が「条件付きモラトリアム」に固執するのも当然です。また「一連の措置を同時に取ることで合意した。」と釘を刺しているのも理解できます。結局今回の第3次朝米高位級会談は、朝鮮の要求とアメリカの対朝鮮政策がどこで交差しているのかをはっきり示したと言う点で注目される会談だったと言う事です。


はっきり言って朝鮮停戦協定が現在も有効であることを認めたアメリカの見解は、自分の首を絞めるもう一つの綱を朝鮮に与えたことに繋がり、朝鮮半島の平和と安定を実現する上で必ず遵守されなければならない事を認めたと言う事は、朝鮮側に新たな対米圧迫カードを与えたことになります。`朝鮮側はさらに「6者会談が再開されれば我々に対する制裁の解除と軽水炉提供問題が優先的に論議されることになるだろう」と確言しています。早くから6者会談の議題について釘を刺しているのです。当然アメリカ側にもつげられているでしょう。アメリカ側スポークスマンの会談内容に関する報告にこの問題が含まれていないのは,知られたくなかったからでしょう。


総じて第3次高位級会談はアメリカの完全な外交的敗北に終わったと評価することが出来るでしょう。