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2012年5月2日 (続)


「ダメよ、帰っちゃ~」

「えっ、何も用意はしていないので・・・」

入院用の着替えを取りに向おうとする私に、するどい

女医先生の声が飛んできた。


即日、入院などとは。


確かに去年から、口の乾きが激しく、1日7リットル近く

水分を補給していた。


仕事の打合せをしていても、そのせいでトイレに

行くことが多く、友人たちからは糖尿病ではないか?

と指摘されていた。


しかし、家族に糖尿病患者はおらず、まさか

という気持ちであった。



看護士に連れられて病室に向う途中も

信じられないけれど、お医者さんが言うのだから

確かであろう。


1週間の予定での入院か?

ゴールデンウィークの予定がなくてよかった。


生まれて始めての入院に、何を揃えたらよいのか、

誰かに取ってきてもらおうか?

などと考えていた。




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2012年5月2日

 精神科の受診に行く。

 処方薬の副作用の検査、7年にも渡って服用しており、

まったく問題はないので、しばらく医師と共に忘れていた。


「久しぶりに検査しましょうか?」

「そうですね」

お互い軽い気持ちでのやり取りをして、地下で採血。

検査結果を持って、再び主治医の元に。


「何だこの数値は(゚Ω゚;)。こんな数値は見たことがない」

いきなり立ち上がった主治医の興奮した姿に、

私は唖然とした。


物静かな彼との付き合いは7年になる。

私のことを最も理解してくれる人間として信頼していた。


私のうつ病の原因は、ADHD(先天性発達障害)と

診断してくれた彼がいなかったら、ずっと苦しんだであろう。


受診するようになって、半年もすると今どんな本を読んでいる

とか、最近はこのようなテーマに関心がある。

と彼と本の貸し借りをする仲になった。


彼にとっても、私は息抜きのような存在であった。

だから、いつも順番最後にしてもらった。


会うなり、いや~、今日は疲れた、とか、

いきなり浄土真宗は当時ではオカルト宗教だったん

ようなと思うけれど・・・


jZqh<診察とは関係のない会話ばかり。

友達のような関係であった。


立ち上がった彼は、私の腕をつかみ、

内科に引っ張っていった。


内科の女医に、血糖値が700mg/dl近いので

すぐに連れてきた。

突然で申し訳ないけれど、診て下さい。


それだけ言い残して、出て行った。


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ピダハンというのは、アマゾンに住む原住民。
その中に宣教師が訪れ、彼らとの交流を図ろうとする話である。


「言語本能」を超える文化と世界観、というサブタイトル。

8ヵ月間、宣教師は10までの数え方や算数を教えるが、
1+1の計算ができた者はいなかった。


宣教師は彼らとの生活を共にするにしたがい、

彼らの文化を理解し やがて無神論者になっていった。


科学技術が発展し、食生活が豊かになっていく世界において
いまだに昔ながらの文化に生きる少数民族がいる。


文明国からの視点では、西欧文明を取り入れない民族は貧しく、
民度が低く、劣っていると考えがちだ。

この本の著者である宣教師も心の底では、慈悲といいつつも
同様に考えていたに違いない。


文字を持たない進化に遅れた民族であると思い込んでいたと思う。

日本の縄文人においても文字を残さなかった民族である。


そのために考古学では理解度が低い。
文化を理解することは、深い考察が必要であり、
さまざまなアプローチができる頭の柔軟性、哲学的な探索が
できる能力がないと難しいのである。


アマゾンを始め、ニューギニア、アフリカなどには、未だに
原始的な生活を送る部族が残っている。
なぜ彼らがそのような生活を受け継ぎ、脈々と続けるのか?

文明生活に俗された私には、興味が尽きない。


彼らの方がずっと心豊かに生きているように感じられるからだ。

自然と共に生きることに人間という動物の本来の満足感が
あるのではないか?と思わずにいられないのだ。


生きること=お金を稼ぐこと
そして食べ、モノを所有すること。

文明国と呼ばれる国々に暮らす人々は、大方がそのような思考しか
できず、悩みを抱えて生涯を終えていく。


生きることはどのようなことなのか、いや生かされていることは、
という基本的なことすら考えない。食べていくことが生きること。


未開な部族よりは知識はあるかもしれない。

でも生きるための智慧は 待ち合わせていない。


哲学もない。想像力という能力が衰退したのが
文明人に思える。


大自然中で生かされているという感覚を抱き、感謝することなど
言葉では理解しているが、心からの感謝にまでは至っていない。
自戒を込めて思うのだか・・・


文字を持たないのは、言葉で伝えられるからなのである。
聖書、仏典のような膨大な文字にしなくてもよいだけの真理が
そこにはあったと推測する。


体系化しなくても十分に理解できるだけの真理だけを残す。
部族の中で最も記憶力のよいものがそれを伝えていく。

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