171頁

 

(ヴィオレット) ジェローム…

 

(ジェローム、フェルナンドに。) この劇を討論にしてくださってありがとうございます。これで彼女は最大限に啓発されます。

 

(フェルナンド) その結構な結婚計画が、もし実現に至るとして、その場合、あなたはどうやって三人の生計を確保するおつもりなのか、お訊きすることは、慎みが無さすぎるでしょうか? あなたがルプリユール夫人に下宿を提供してもらおうと期待してらっしゃるとは、私は想像していません。

 

(ジェローム) いずれにしても、経済問題はここでは重要である必要はありません。

 

(フェルナンド) 素晴らしい! 天晴れですわ。感嘆します。

 

(ヴィオレット、聞いていなかった。) ようするにあなたは、わたしに、結婚か身売りかの選択をさせるのね。

 

(ジェローム) きみは誇張が好みであるのなら、それを妨げる力はぼくには無い… ただぼくは、ぼくが見逃していた或る事を考えているところなんだ。(フェルナンドに。) 今回もまた、あなたはぼくに手掛かりを与えてくれました。意地悪さというものの親切な役割から。

 

(フェルナンド) 私が意地悪? とんでもない! (つづく)

 

 

172頁

 

(つづき)ちょっとあんまりですわ… どうしてそんなことを?… すこし現実主義に過ぎたでしょうが、それだけのことです。

 

(ジェローム) あなたの妹さんが現実主義であることは、あなたに殆ど劣らない位だということに、ぼくはやっと気づいてきました。(ヴィオレットに。)きみは、ぼくと結婚することで或る種の戸口を自分に閉めることになる、予め或る種の… 機会を断念することになる、と、明らかに思っている。バシニーのような連中はたくさんいるんだよ。もっと若い連中にだっている。そいつらの評判はもっと芳しくない!

 

(ヴィオレット) ジェローム! あなたはそんなこと、本気で思ってるの? 

 

(ジェローム) 説明となるものは唯一これだけで、それに、これで充分じゃないか。とにかく、ぼくが最も嫌いなのは、きみが想像してきた、この種の道徳的あるいは感情的なアリバイだ。

 

(ヴィオレット) どういうこと?

 

(ジェローム) ぼくは、今では分かる、何のためにきみが、あんなに場違いで、あんなに気に障る、あの親密な関係に尽くしてきたのかということを… そうさ、きみはやっと自分自身で得心したところにちがいない、きみがこの日常の偽りを片付けるのを拒否しているのは、きみの新しい女友だちに配慮してのことだということを。

 

(ヴィオレット) それが、あなたがわたしについて思っていることなら、どうしてあなたがわたしに、あなたの妻になることを求めているのか、わたしにはよく解らないわ。

 

 

173頁

 

(フェルナンド) 安心なさい、彼はあなたが拒否することをおおいに当てにしているわ。それは、自分の良心と折り合いをつけるための安上がりなやり方なのよ。

 

(ジェローム) ちがいますよ。

 

(フェルナンド) もっとも、あなたがたふたりの難癖のつけ合いには、私は何の関心もありませんけれどね。(誰かがドアを叩く。)何なの? (フェルナンド、ドアを少し開く。外で声がする。)そうですか。明日またいらっしゃる必要がおありなのですね? マダム。

 

(ヴィオレット) 出てゆくのはマダム・ジュキエ?

 

(フェルナンド) そうよ。

 

(ヴィオレット) 彼女に、出来ればここには九時以降に来るように言ってくれる?(フェルナンド、外に出てドアを後ろ手に閉める。

 

 

第七場

 

ジェローム、ヴィオレット

 

(ジェローム) 彼女はいつもあんなに意地悪だったっけ? (ヴィオレット、あいまいな仕草。)あの当てこすりがきみを害しなかったことを願いたいよ…

 

 

174頁

 

(ヴィオレット) あなたは誠実なひとだとわたしは確信しているわ。でも、一度ならず、あなたはわたしを傷つけた… あなたがわたしのことを、計算ずくの人間だと思えるなんて、わたしは一度だって思わなかったのに。

 

(ジェローム) いずれにせよ、きみが自分の将来とモニクの将来を気に懸けるのは、ごく当然のことだよ。

 

(ヴィオレット) あなたは、はっきり言ったばかりじゃないの、経済的な問題は…

 

(ジェローム) 子供っぽいもの言いだなあ。ぼくがそれを言ったのは、もうすこし純粋で、もうすこし高潔な感情というものがあるということが、フェルナンドには信じられないからに他ならないんだよ… いいかい、ぼくがきみとは方向が反対のように、きみを疑っているように、見えるのは、ただ、ぼくが生き埋めになっているから…

 

(ヴィオレット) ええ…

 

(ジェローム) おかしなことさ。かなり恥ずかしいことでもある。でも、ぼくたちの破産以来なんだ、ぼくが、生活の持つあらゆる不条理さと、もつれてほどけない有り様を、ほんとうに感じるようになったのは。

 

(ヴィオレット) そのことで恥じてはいけないと思うわ。敷居があるのよ、考える力が、与えられている自分の方策だけでは飛び越えることのできないような。或る経験が必要なのよ、貧困の経験、病気の経験のような。

 

(ジェローム) うん、だけどそれは恐ろしいことだよ、そしてとても(つづく)

 

 

175頁

 

(つづき)疑わしいことだ。なぜなら、そういう経験は、やはりぼくたちを変えてしまうからだ。例えば、アリアーヌだよ… それからキリスト教徒たち。彼らは、不具者たちや貧困者たちが或る特権を享受していると信じているように見える。そうだな… ぼくには分からないが… そのような弱者たちが、まるで白内障を治してもらったように、自分たちの感覚を正常に使える状態に回復したと、キリスト教徒たちは信じているように見えるんだ。でもぼくは、幸福しか信じないよ。ヴィオレット、幸福とは素晴らしいものだ。

 

(ヴィオレット) アリアーヌも、幸福を信じているわ。

 

(ジェローム) だけど彼女がその言葉で呼んでいるものは何だろう? きみはシューマンの『子供の情景』の中の、あの、ピアノのための小作品、「全き幸福」を知っているよね。ぼくはあの曲を涙がこぼれそうにならずに聴けたことが無い。

 

(ヴィオレット) わたしもそうよ。

 

(ジェローム) あふれこぼれる充溢。人間を、物を、生そのものを、抱き締めたくなる。きみの演奏は、まさにぼくにとってそういうものだ。平和な高揚。失われたエデンの園、きみはそれをぼくたちに戻してくれる。伝説の言うことは嘘だ。ぼくたちは楽園から追放されてはいない。楽園は現に在るんだ、すぐ間近に。あまりに間近なのでぼくたちは楽園を見ることができないんだ。生がぼくたちから楽園を隠していると言ったほうがよいだろうか… 一度ならずぼくはきみと一緒に死にたいと思ったことを、きみは全然気づいたことがないのかい?

 

 

176頁

 

(ヴィオレット) いいえ、あなた、わたし知らなかったわ。

 

(ジェローム) ただしきみには娘がいる。それでぼくは内心思っている、死というものは、もしぼくたちが自分で自分に与えるなら、その最も純粋な秘密を、ぼくたちに明かしはしないだろう、と。

 

(ヴィオレット、ふるえる声で。) あなたの言うとおりにちがいないわ。死のうと欲してはならないわ。

 

(ジェローム、熱烈に。) ぼくたちは、遂に、トンネルから出かかっているようにぼくは思う。きみには解るよね、ぼくたちが、ぼくたちの関係を純粋なものにするに至るなら、つまり、率直に言って、ぼくたちの関係を引き受けようとする勇気をもつに至るなら、いっさいは、多分、もっと容易になるだろう、ということが。いろんな障碍が鎮静するだろう、忌まわしいお金の問題すらも。この問題はぼくを時々精神的に苛み、ぼくの眠りを妨げるんだ… このお金の問題が、現代のぼくたちには想像できない仕方で、おのずから解決されることがないと、誰に分かるだろう? ただ、ぼくたちは、この問題がどのようにして解決されるのか、自分であれこれ想像しようとしてはならない、と思う… そういうことは信仰を欠いていることだろう、きみには解るよね。

 

(ヴィオレット) あなたは、普段と全然ちがった話し方をしているわ。

 

(ジェローム) それは、彼女がもうじき発つからだよ。この出立は、(つづく) 

 

 

177頁

 

(つづき)ほかの出立とは違ったものになる。ぼくたち次第で、何かが永遠に変わるんだ。

 

(ヴィオレット、低い声で。) ほんとうに、彼女のためのこのひとの苦労を思うと…

 

(ジェローム) ぼくは、これを最後に、彼女の立場に自分を置くことをきっぱりとやめる — なぜなら、ぼくは一度だってそれが出来なかったから。ぼくが彼女の感情を想像しようとすると、彼女はいつも、ぼくはぼく自身の感動に騙されていることを、ぼくに分からせるようにした。考えてごらんよ、知られない次元で生じている心像や出来事を見定めようとすることが、どういうことか。アリアーヌは、まさしく他の空間に生きているのではないか、そして其処とはぼくたちは連絡できないのではないか、とぼくは考えているんだ。

 

(ヴィオレット) それにしても、気をつけましょうよ。わたしたちには、彼女の感情を、どこか近寄りがたい領域の中に追いやっておくことのほうが、ずっといいわ — 敢えて何の考慮も払わずにおくことができるために…

 

(ジェローム) きみは喜んで同意する、ということだね? ぼくたちの無二の好機だ、ヴィオレット。否を言うことは、ぼくを放棄することだ。(沈黙。ヴィオレット、彼に手を差しのべる。彼はその手を取り、そして彼女に、心を籠めた優しさで接吻する。

 

(ヴィオレット) 呼び鈴が鳴ったわ… アリアーヌではないかと不安だわ。彼女からわたしに、前もって知らせがあったの、(つづく)

 

 

178頁

 

(つづき)多分わたしにお別れを言うために、昼間の終りに来るって。

 

(ジェローム) 彼女に会いたくないな… ぼく、モニクのために小さなおもちゃをひとつ持って来ているんだよ。それをあの子にあげていいかい? そうしたら直ぐに帰るよ。

 

(ヴィオレット) あなたが入れるか見てくるわ。(ヴィオレット、左側のドアの処へ行き、そっとドアを少し開ける。)あのね、ジェロームさんが、おまえを抱きに来たいって。おまえを喜ばすものを持っているらしいわよ。(ジェローム、左の部屋へ入る。ヴィオレット、ドアをそっと後ろ手で閉める。呼び鈴があらためて鳴る。ヴィオレット、部屋を横切って右側へ渡り、玄関のドアを開けに行き、フィリップと出会う。

 

 

 

第八場

 

フィリップ、ヴィオレット

 

(フィリップ) 私はルプリユール夫人の兄です、マドモアゼル。あなたのことは、妹が私に、よく話しておりまして、あなたの才能をたいへん讃嘆しております。私が参りましたのは、ほかでもなく、(つづく)

 

 

179頁

 

(つづき)私の九歳になる息子にヴァイオリンの初歩を教えてくださることを、あなたに同意していただけるか、お訊きするためなのです。

 

(ヴィオレット) とても嬉しゅうございますわ、ムッシュー、ルプリユール夫人が…

 

(フィリップ) ジャックは音感が優れており、音楽がとても好きなのです。困った生徒にはならないと思いますよ。私は最初、彼にピアノを習わせようと思っておりましたが、彼がどうしてピアノをあんなに嫌うのか、まったく見当がつきません。ヴァイオリンには気を惹かれるのに。

 

(ヴィオレット) それはよくあることですわ。

 

(フィリップ) 最初は、週に一時間で、おそらく充分でしょう。家庭教師が稽古に付き添って、子供に練習させることが出来るようにします。

 

(ヴィオレット) 申し分ありませんわ。

 

(フィリップ) あなたが家に来てくださるか、反対に、ジャックがここで稽古を受けるか、あなたのご選択にお任せします。諸々の必要事に関しましては、ご遠慮なく私に仰ってくださいますよう… 彼が立派に音楽を学ぶことに、私はたいへん期待を寄せています。

 

(ヴィオレット) すぐに合意いたしましょう、ムッシュー… (つづく)

 

 

180頁

 

(つづき)ご都合は、とりわけ何時が宜しいのか、仰って頂きたく存じます。

 

(フィリップ) 手紙で書きましょう。これでよし… あなたのお噂を聞く喜びに優るものがあったとは、私は思わないのです、マドモアゼル。

 

(ヴィオレット) わたし、コンサートで演奏する機会が滅多にありませんの。

 

(フィリップ) ついでに申しますと、私自身、コンサートに通うことがだんだん少なくなっているのです。プログラムの脈絡のなさと単調さが私をうんざりさせて… 以前は妹が音楽について私に沢山教えてくれましたが。残念なことに、妹が一年の殆どを山地で過ごすようになってからというもの… 実際には、あなたと妹は、もし私が存じ上げていることが正しいなら、交際するようになってから、ほんの少しの時しか経っていないのですよね…

 

(ヴィオレット) わたし、マダム・ルプリユールには、この何週間か以前には、一度もお会いしたことがありませんでした。

 

(フィリップ) 妹は、あなたにたいして、全く特別な感情を持っています。

 

(ヴィオレット) わたし自身、持っています、彼女にたいして… 

 

(フィリップ) ええ、妹はほんとうに、普通からとてもかけ離れた女です。

 

(ヴィオレット) 傑出した音楽家ですわ。

 

 

181頁

 

(フィリップ) あなたは、妹が芸術家だと確信しておられますか?

 

(ヴィオレット) でも…

 

(フィリップ) 私は、それには納得していないと、即座に申し上げます。それどころか私は、そうではないと思っています。私が、妹にとって真の音楽家であった私の父親と、妹を比較するとき、その違いにびっくりします。芸術、それは妹にとって、とりわけ、ひとつの手段なのだと、私には思われるのです。

 

(ヴィオレット) よくは解りませんが。

 

(フィリップ) 説明するのは難しいですね… それにしても、私の妹は容易く見抜ける人間ではありません。

 

(ヴィオレット) いえ、そうとは思いませんが。

 

(フィリップ) 妹が自分の内心を打ち明けるほど、多分、見抜けなくなるでしょう… とても奇妙なことだ。というのは、山地が彼女にとって無くてはならないものになったのは、健康上の理由のためだとは、私は思わないのです。彼女は勿論、反対のことを確信しているにしてもです。私には、むしろ彼女は、自分自身にとっての憧れを象徴する風景のなかで生きたいという欲求を覚えている、と思えるのです。

 

(ヴィオレット) それはかなり自然なことですわ…

 

(フィリップ) 私はそうとは得心できないのですよ… 私たちは昔は、結構しばしば、一緒に旅行したものです。いくつかの魅力ある土地を憶えていますが、(つづく)

 

 

182頁

 

(つづき)彼女はそれらの土地に我慢できないのです。ほら、例えばトゥーレーヌ、あるいはアルザス、そういう処を彼女は、安易な土地、と呼ぶのです。私の妹の好みを、また嫌いなものすら、私がそれを自分に説明し始めたのは、やっと私が発見をした時からです… でも、どうして私がそんな心理学的な解釈に関わり合うようになったのか、自分でもあんまり分からなさすぎます… それでも、もし… こういったすべては、あなたにとって関心を惹くものや、有益なものすら、無いとはいえないかも知れないのです。多分、本人は気づいていないでしょうが、アリアーヌは自分のすべての経験を、あるひとつの、彼女自身という観念と、結びつけているのです。よく分かってください、私は、意見、とは、全然言いたくないのです。彼女は、自惚れ屋であるには余りに知性がありすぎます。雰囲気という観念、気候という観念、そういう観念の外では、彼女は文字通り、生きることも、呼吸することも出来ないのです。

 

(ヴィオレット) とても奇妙なことですわ。

 

(フィリップ) 彼女が繁く会いに行く人々にたいしても、きっと同様です。病人たちにたいする彼女の明らかな偏愛は、おそらく其処から来ています。そしてこの傾向を消滅させること無しには、彼女はこの自分の傾向を自分自身に白状することは出来ないでしょうが、この傾向は、時に、ある軽率な行動の原因となったのです…

 

(ヴィオレット) まあ…

 

(フィリップ) その結果たるや、(つづく)

 

 

183頁

 

(つづき)重大なものでしたし、重大なものだったかも知れないのです。物事はあるがままに見なければなりません。マドモアゼル、特異なものだと言える人間関係への私の妹の好みの中には、何らかの無意識な不健全さの要素が入り込んでいるのです。

 

(ヴィオレット) ひじょうに解り兼ねますわ、ムッシュー。事柄がすべて、あまりにも微妙で、そのうえ、わたしに少しも関係するところがなくて… わたしたちが初めのほうでお話ししたことについては、わたしにお手紙を書いてくだされば… でも、いまのお話は繰り返されませんように。実を申しますと…

 

(フィリップ) まったくあなたのお望みのとおりに、マドモアゼル。明日一番の郵便で私からの言伝があなたに届きます。(ヴィオレット、彼が右側へ行くのに付き添い、外に通じるドアを開ける。驚きの叫びと、そしてアリアーヌの声が聞こえる。

 

(アリアーヌ、外で。) ここで兄さんと会うなんて!

 

(フィリップ、同様に。) マドモアゼル・マザルグが事情を話すよ。

 

(アリアーヌ) ちょっとの間、戻らない?

 

(フィリップ) ぼくは正装しに行かなくちゃ。街で夕食をするんだ。ではまた、マドモアゼル。(ドアが閉められる音。アリアーヌ、ヴィオレットと中へ入る。

 

 

184頁

 

第九場

 

アリアーヌ、ヴィオレット

 

(アリアーヌ) 私、当惑してるのよ、ね。

 

(ヴィオレット、気詰まりして。) あなたのお兄さまが、子供の息子さんにレッスンをしてほしいと、わたしに頼みに来ていらっしゃったの。

 

(アリアーヌ) 何てすごい考え!… とにかくとても良いことよ。お嬢ちゃんのほうはどんな感じ? 

 

(ヴィオレット) 目に見えて改善しているの。気管支炎がとても軽くなりました。

 

(アリアーヌ) 良かったこと! かなり心配していたのよ、そのことで。

 

(ヴィオレット) どうも… 

 

(アリアーヌ、ヴィオレットをじろじろ眺めて。) 兄の訪問はあなたには愉快ではなかったわね。

 

(ヴィオレット) 何を仰りたいのですか? 全然分かりません。

 

(アリアーヌ) もしかして、あなた、兄が好奇心から来たとお感じになった?

 

 

185頁

 

(ヴィオレット) そんなふうに思うなんて、わたし、考えもしませんわ。

 

(アリアーヌ) 彼がそうしないとは、私、確信できないの… たとえ、彼が分かっていても… 彼が当てこすりを敢えて全然しなかったと、私が思う? それは、らしくないわ…

 

(ヴィオレット) わたし、正直に申しますと、そんなによくは分からないのですが… それでも、彼にはほかの理由があったことは、判ったつもりです… おねがいです、これ以上お聞きにならないでください。わたし、たとえその気があっても、彼の言ったことを正確にあなたに繰り返すことは出来そうにありません。それはとても微妙な話だったので、とても…

 

(アリアーヌ、優しげに。) それでも、あなたは、彼の話が私に対して向けられたものだったと、解ったでしょう?… 確かだと思うわ、ヴィオレット。いいこと、彼は私たちの間に、とても嫌な状況を自らつくったのよ。こういう状況では、私は、物事をはっきり見通す態勢にはなかなかなれません。あなたは、兄が離婚していることを、もちろんご存じです。クラリスは私の幼なじみのひとりでした。兄と彼女が別れることは、私にとってひじょうに激しい苦痛となり、最後の瞬間まで私は、この離別の決定が考え直されるよう、万策を講じました。このことで、兄は私を赦していません。私は知っていますが、彼の妻には、『過誤』と呼ばれるものがあったのです。しかも、彼女はそのいっさいを自分の夫に、ほかの多くの人々なら出来ないような率直さで打ち明けたのです。じっさいには、兄は(つづく)

 

 

186頁

 

(つづき)この件において責任が無いどころではないのです。兄なのです、ジルベール・ドゥプレーヌを誘ったのは。兄が、彼を、自分たち夫婦の親密な関係の場に入らせたのです。私は確信をもって言えますが、初めのうちは、兄は、この知的で優雅で世慣れした青年が私の義姉とおしゃべりしたがるのに気づいて、嬉しそうでした。兄は、そこにひとつの誘惑さえ覚えていましたが、この青年に関しては、兄も、そのことに殆ど無感覚になってしまっていたのです。

 

(ヴィオレット) はっきり申しまして、お話をお聞きするのは、とても気詰りですわ。わたしに関係あることでは全然ありませんし…

 

(アリアーヌ) それはちがいますよ、ヴィオレット。今日ほど、私に、物語という物語をすべて繋ぐ鎖がはっきりと見えることはありません。その物語の中では、私たちは観客であると同時に演技者なのです。物語どうしは互いに照らし合います。これこそ小説家たちが良く理解したことであり、こうして彼らのみが、人生の真の意味を、光で照らすように私たちに明らかにするのです。私の兄は私のことを不自然だと判じています。なぜなら、私は、彼とは反対に、二人の罪人の味方をしているから、と彼は言うのです。強い精神の持ち主たち — 兄は自分がそのひとりであると誇っていますが — 、彼らが、しばしば、罪過とか、判決とか、刑の宣告とかの言葉を出すのは、何ととんでもないことでしょう。彼があなたに、私のことで、何かはっきりとしない警告をしに来たのは、一種の、ばかばかしい攻撃的な対立の態度によるものです… 憐れなフィリップ! (つづく)

 

 

187頁

 

(つづき)彼は幸福ではありません、自分は満足だと表明していても — そしてクラリスは、子供を失った悲しみから癒されることもなく、遅かれ早かれ結核になってしまうことでしょう。ジルベール・ドゥプレーヌはといえば、奇妙なことに、クラリスが独り身になると、心が離れてしまったようです…

 

(ヴィオレット) ぞっとするようなことばかりですわ。

 

(アリアーヌ、調子を切り換えて。) 義姉はしばらくの間、私と共に山地で過ごしに来るでしょう。そのうち、あなたに、義姉の処へ会いに来ていただくことも、できないことではないでしょう。

 

(ヴィオレット) でも… どんな建て前で?

 

(アリアーヌ) 率直に言って、あなたが会うだけで彼女は元気がつくだろうと、私は思っています。それに、私の友だちどうしが知り合うことは、私の好むところです。

 

(ヴィオレット) 彼女は知っているのですか?…

 

(アリアーヌ) あなたのことは話しています。察しているかもしれません。

 

(ヴィオレット) かなり骨が折れますわ。

 

(アリアーヌ) 手紙で詳しく書きます。でも、長く私についてお知らせすることなく過ぎることもあるかもしれません。(つづく)

 

 

188頁

 

(つづき)驚きになってはならないでしょう。私は、規則正しい文通相手になったことは一度も無いのです。それに、私の健康状態がそれを許さなかったでしょう。

 

(ヴィオレット) あなたに言わねばならないことがあります… ジェロームがさっき来たのです。彼は暗澹としていて、とても緊迫していました。

 

(アリアーヌ) 彼は、私がまさに出発しようとしている時は、いつもそうなのです。

 

(ヴィオレット) わたしがあなたに隠す権利の無い、ほかのことがあります… (言うのをやめる。

 

(アリアーヌ) 心配せずにおっしゃい、あなた。私は何でも傾聴できるとご存じよね。

 

(ヴィオレット) 初めて、彼はわたしに言ったのです、決心がついた、と… 離婚して、わたしと結婚することの。

 

(アリアーヌ) 彼は本気で言ったの?

 

(ヴィオレット) 完全に本気でした。

 

(アリアーヌ) それで、あなたは何と返事したの?

 

(ヴィオレット) わたしは抵抗しました。それは不可能であることを彼に解らせようとしました。

 

(アリアーヌ) どうして不可能であると?

 

(ヴィオレット) そして… わたし、起ったことをあなたに説明することも出来ません… 彼は確かに、わたしが同意していると信じました。

 

 

189頁

 

(アリアーヌ) それで、本当は?

 

(ヴィオレット、とても低い声で。) 分かりません。多分… それはあなた次第です。

 

(アリアーヌ、長い沈黙の後で。) あなた、結局あなたは、最も幸福なことは何も私に告げてくれることは出来なかったようですね。この出来事は…

 

(ヴィオレット) 出来事ではありません。

 

(アリアーヌ) 私がそれを望んだとは、私は率直に言うことができません。だいいち、私がこんな病気になってからというもの、ああ、そういうことが何を意味し得るのか、もうよく分からないのです… それに、ねえ、人は自分で欲するようには強くないのです… 今日終わってしまう私たちの生活の時代のなかには、たくさんの悲しいこと、たくさんの心を引き裂くことと並んで、深い感謝の感情なしには思うことのできない時期がありました。

 

(ヴィオレット) 灼けるような愛惜なしには、とは、どうして仰らないのですか?

 

(アリアーヌ) いいえ、ヴィオレット、はっきり言いますよ。私に愛惜の念があったのは、ずっと昔のことで、私が試練を経ていなかった時期です。その試練から、人は遂に大人になって出てくるのです。過ぎ去ったことへの感情は、私にとっては、すべての辛酸を免除されたものです。その感情に伴っているものは、むしろ、一種の(つづく)

 

 

190頁

 

(つづき)荘厳で… そう、こう言えると思いますね… 宗教的な感動なのです。それは、おそらく、死ぬ瞬間に私が体験するものでしょう、私の意識が依然としてはっきりしているならば…

 

(ヴィオレット) あなたはそんな高い処を飛翔していらっしゃる… そしてわたしは、地面を這いずりまわっているのですね、路上のあらゆる石にぶつかりながら。

 

(アリアーヌ) 私は飛翔などしていませんよ、ヴィオレット。私があなたにそんな印象を与えていたって、私自身には私はひとりの喜劇役者に見えています。

 

(ヴィオレット) もし、わたしがあなたの立場で、あなたがわたしの立場なら、あなたはわたしをぞっとさせるでしょう… わたしは独りごちるでしょう、彼女は自分の目的に達した、と。

 

(アリアーヌ) あなたは、そんなことは全然思わないでしょう。だいいち、私の立場、あなたの立場って、何を意味しているの? あなたが私の立場になることは、私の苦痛に充ちた過去があなたのものになった場合にしか、あり得ないでしょう。

 

(ヴィオレット) 恥じ入りますわ…

 

(アリアーヌ) それが、あなたが経験することになる、最後の感情ですね… つまり、いいですか、あなたが私を問い質していた時、あなたが、自分はひとつの袋小路に巻き込まれていると嘆きこぼしていた時、私が強く感じていたのは、ほかの出口は無い、ということ、必要なのは、決断が(つづく)

 

 

191頁

 

(つづき)ジェロームから出ることだ、ということでした。決断は彼からしか生じ得ないのです。私たちは、どんなものも、急がせたり、手荒に扱ったりすることはできないのです — でも、このことを、私はあなたに言う権利はありませんでした。あなたが憤慨していたから。

 

(ヴィオレット) わたし、いまは、大きな悲しみしか覚えません。

 

(アリアーヌ) これは、混乱であって、苦悶ではありません。私の言うことを信じて… ただ、私が知りたいことは… あなたの考えでは、何がジェロームを、こんなまったく新しい態度で、将来のことを考えるようにさせたのでしょうか?

 

(ヴィオレット、動揺して。) わたしはほんとうに、自分でも、何が起ったのか、解らないのです… この曖昧な状況は、彼にとって、我慢のならないものになったのです。

 

(アリアーヌ) 曖昧な、ということで、何を理解しているの? ヴィオレット。

 

(ヴィオレット) あなたとわたしの間に生じた親しさです。

 

(アリアーヌ、厳しく。) すると、あなたは彼に、私があなたたちの関係を知っているとは、言わなかったの?

 

(ヴィオレット) 言っていません… わたしは、彼に言うと、あなたに約束していましたけれど。でも… 彼がわたしに開いたこの二重なものが、彼を新しい状態の中に投げ入れていたのです。(つづく)

 

 

192頁

 

(つづき)この状態のいかなる観念も形成できないのですが。そのうえ、彼はさっき、わたしに、この上なく不当で、心を傷つける非難をするに至りました… (言い続けられない。

 

(アリアーヌ) よく解らないわ。何で、彼にとってのその二重なものが、あなたのものよりも小さいの? そして、そこから彼があなたにした罪なことで、彼にはどんな性質があるというの?… それとも、あなたはそうは思わないの?… あなたが、彼の神経質と呼んでいるものの中には、ちょっと嫉妬の感情が入っているのではないの?

 

(ヴィオレット) どんなにしてですか?

 

(アリアーヌ) 私にたいしてよ。

 

(ヴィオレット、弱々しく。) ええ… そうですねぇ…

 

(アリアーヌ) いいですか、このような重大な決断が、彼に押しつけられたものであってはならないでしょう。彼のとても弱い面のためにであっても、愚かで一時的な悔しさによってであっても。ジェロームがそのような児戯の類をすることがないとは、私は思いません。

 

(ヴィオレット) どうしてそう仰ることができるのですか?

 

(アリアーヌ) 躊躇するということは、あなたには出来ないにちがいない、と私には思われます。ヴィオレット、あなたのような真実で、奥の深い女性は、本質に関して見誤ることがあるはずもないでしょう。このような類の決断の本物さに関して、と私は言っているのです。

 

 

193頁

 

(ヴィオレット) 彼の言うことを聞いていて、わたしはいかなる疑いも抱きませんでしたが、今は…

 

(アリアーヌ) では、その確信があったということにしておくべきですね。その確信をあらためて問題視することはありません… ジェロームは、私が出発する前に私と話す気がありそうに見えましたか? 私が明後日に去ることは、あなたはご存じです。

 

(ヴィオレット) 彼は何も言いませんでした。

 

(アリアーヌ) 彼らしいこと。彼はそれよりも私に手紙を書くと思うわ。

 

(ヴィオレット、訝しげに。) あなたのほうから先に働きかけることは、問題になりえないのですか?…

 

(アリアーヌ) それは絶対に出来ません。私たちが会話できる状態をつくることが、私には必要なのです。つまり、彼がいつも忘れているにちがいないことを、彼に悟らせることが。

 

(ヴィオレット) 今後もですか… ?

 

(アリアーヌ) ずっとです、ヴィオレット、私の言うことを信じて。私がそう主張するのは、あなたの為なのです。ジェロームは、根に持つことがあります。彼が、私たちの間に、その種の暗黙の同意があることに気づいたら — ごめんなさい、ほかの言葉を思いつかなくて — 彼は、そのことであなたを許さないようになるでしょう。

 

 

194頁

 

(ヴィオレット) あなたは、たぶん正しいでしょう… でも、手紙でとは、心配ですわ…

 

(アリアーヌ) それは些事にすぎません。

 

(ヴィオレット) それにしても、あなたという方は… ほんとにもの静かで、自制心があって… ジェロームの言っていたとおりですわ、あなたは、ほかの世界に属していらっしゃる。

 

(アリアーヌ) 彼がそう言っていたの?… 時が経つほど、私は自分がほんとうに平和の中に入ってゆくのを感じます。最初の頃は…

 

(ヴィオレット) あなたは何も示しませんでした。

 

(アリアーヌ) 私の務めの一つは、多分、果たされているのでしょう。何年か前、ご存じのように、私は死というものをすぐ間近に見ました。医師たちは私を見放していました。そして、私はジェロームのことを、彼の将来のことを思って、どうしようもない苦悶に襲われていました。その時、私は天に向き直ったのです。ほとんど祈ることのない私が。唯一の祈りといえば自己中心的なものだったことを憶えています。私が求めたのは、自分が治ることではありませんでした。彼が私を必要とするかぎりは生きる、ということだったのです。祈っていたのは私の本能ではありませんでした。むしろ私の理性が、私の自己反省が祈っていたのです… 今日から以後、私はもう、この、やはり少し不敬虔ではある懇請を、神さまに向けて発することはないでしょう… 

 

(ヴィオレット) でも、あなたは現在、お元気ですわ。

 

 

195頁

 

(アリアーヌ) 病気の一時的な鎮静状態にすぎないと私は思います。何日か前から、再びある種の徴候を自分で確認しています…

 

(ヴィオレット) ええっ?

 

(アリアーヌ) それはもう大きな問題ではありません。

 

(ヴィオレット) ロニーの空気、山地の陽光が、多分、症状を治してくれるでしょう…

 

(アリアーヌ) 多分… でも、今の時代で、私たちが触れないわけにはゆかない、とても深刻な問題があります。財政的な将来のことです。ジェロームは、ご存じのように、個人財産を全然持っていません。そして、私たちは皆、現在、芸術家の人生がどのくらい不安定なものか、知っています。そして、彼ほど、何か不安があることに甘んじることが困難な人を、私は知りません。ほかの人々は、反対に、もっと手堅く、もっと順応して、無雑作に我慢しているのに。私のほうから、それほど大した財産ではありませんが、融通できるかも知れません…

 

(ヴィオレット) あなたの仰ろうとすることは、分かりませんが、でも、おねがいいたします… そういうお金の問題は、悪夢ですわ。

 

(アリアーヌ) その問題からあなたが逃げようとするのならば、ですね。(つづく)

 

 

196頁

 

(つづき)その問題から、そのように視線を逸らせることは、この惨めな財政上の雑事を、かえって法外に重大視させることになります。反対に、この雑事を正面から熟慮せねばなりません。そしてこのことこそ、私があなたに、私と一緒に為すことを求めたいと思っていることなのです、ヴィオレット。解決を見いださなければなりません。もしジェロームがあなたと不安定な悩まされる生活をする破目に陥るなら、それは破滅というものだと、私は確信します。ですから、私があなたたちの生計を助けることができる方法を考案しなければならないのです。ジェロームが、私が助けていることは全く知らないようなやり方で。

 

(ヴィオレット) そんなこと不可能ですわ!

 

(アリアーヌ) あなたは、実際上は、と言いたいの?

 

(ヴィオレット) さしあたりは… 

 

(アリアーヌ) 私はそうは思いませんよ。見いだそうと欲すれば、見いだすのです。

 

(ヴィオレット) 実際上の面だけではありません。

 

(アリアーヌ) 気をつけてよ、ヴィオレット、ここで路は危険なものになるかもしれないのよ。どんな代価を払っても、間違った自尊心がここで横断しに来るようにさせてはならないわ。

 

(ヴィオレット) わたしがそれを呼ぶなら… 尊厳ですわ。

 

(アリアーヌ) それは同じことよ。

 

(ヴィオレット) それから、けっきょく… もういちど嘘をわたしたちの生活の中心そのものに据え付けること、ジェロームを騙すこと… それは恐ろしいことですわ。

 

(アリアーヌ) あなた、ずっと前から私が至っている(つづく)

 

 

197頁

 

(つづき)確信は、知恵というものは、強調点を置く術だ、ということです。

 

(ヴィオレット) わたしはそれは承服できません。強調点を置くのはわたしたちではありません。わたしはこれまで、余りにも嘘を言ってきました。

 

(アリアーヌ) 良心のためらいを、もっと高くて、もっと公正な目的のために犠牲にしなければならない場合があるのではありませんか?

 

(ヴィオレット) その犠牲というものは、裏切りに似ています。

 

(アリアーヌ) 何かを決定することは、いまの場合、問題ではありません。でも、私は、恐怖せずに、あなたがその重大さを測らずに危険に走るのを見ることができません。

 

(ヴィオレット) あなたは、何と、彼の弱さを、彼の臆病さを、確信していることでしょう! 何と、あなたは彼を軽蔑していることでしょう! そんな権利はあなたにはありません。誰かが彼を駄目にしたとすれば、それはあなたではありませんか?

 

(アリアーヌ) 確かに、私が、あなたの前で、私だけのために保っておくべきだった不安を表明したのは、間違っていました… それで、実際、どう予見するの? 私たちの想像しない、ほかの状況が起こるかもしれないのよ… 出来事の無拘束な戯れからは、殆どいくらでも、何でも出て来るのよ。

 

 

198頁

 

(ヴィオレット) あなたは、わたしを責めさいなんだ後では、甘言で和らげようとする… でも、あなたが、そういう忌まわしい取り決めを仄めかすことができたという事実そのものが、そういうすべては不可能であること、あってはならず、あることはないということを、証明するものです。そしてあなたはそのことを知っています… あなたは、ただもう、長い偽りの回り道を通って、わたしにそのことを確信させようとしたにすぎないのではないか、とわたしは考えているのです… わたしに、ただ率直に、「私は望まない、私は拒否する」、と仰れば、そのほうが、なんて良かったでしょう。そのほうが、なんて、もっと勇気があって、もっと真実だったでしょう!… それとも、ほんとうに、彼の言ったことは正しいのかしら? あなたは既に、わたしたちには無縁の世界に属していらっしゃるの? あなたは、わたしたちにはまだ見分けられない、なにか分からない光が輝くのを見ておられるの? 言ってください、あなたは、わたしたち他の者たちを超えて、その、理解できない前進を、わたしが羨むようにはならない前進を、してらっしゃるの? わたしはそうは思いません、そうは思えないのです。そのような受諾の中には、そのような誤った崇高さ、誤った清澄さの中には、名づけられない、なにか分からない混合したものが、欺瞞が、意志によらない嘘が、あるのではありませんか? あなたは、分かってはいらっしゃるのでしょうね? たとえもし、あなたの最も内奥の考えをあなたが言うように強制できたとしても、それは真実でしょうか? わたしは遂に真実を知ることになるでしょうか? (長い沈黙。

 

(アリアーヌ) 私たちは未来というものを全然知りません。私が心の底から望むことは、あなたが、(つづく)

 

 

199頁

 

(つづき)あなたの今言った言葉を後悔する必要がないように、ということです。何が起ころうとも、私はあなたの言葉を許していることを、あなたは覚えておかなければならないでしょう。

 

(ヴィオレット) 何が起ころうとも?

 

(アリアーヌ) たとえ私がもういなくなろうとも、永遠…

 

(ヴィオレット) わたしが後悔するだろうと、何があなたにはっきりさせているのですか?

 

(アリアーヌ) 私はそう確信していますし、あなたもそれは分かっています。

 

(ヴィオレット) それがほんとうだとしたら、あなたはその後悔がわたしには耐えられないものになる方法を見いだしているでしょう。

 

(アリアーヌ) 何を言ったらよいの?

 

(ヴィオレット) 何も。まさにそういうすべての言葉を、わたしはもう理解できないのです。

 

(アリアーヌ、優しく。) そうね… 気を取り直して。これは最後の言葉よ。私、明後日、発つの。

 

(ヴィオレット、小声で。) わたし、あなた無しでいられるかしら?

 

(アリアーヌ、まるで聞いていなかったかのように。) 出発前に、モニクを抱きたかった。とくに、あの子にこれをあげたかった。(つづく)

 

 

200頁

 

(つづく)あの子のために持ってきたのよ… でも遅すぎるわ… あなたが、私の贈り物を手渡してちょうだい。

 

(ヴィオレット) ごしんせつに…

 

(アリアーヌ) とんでもない。私は陰険で、残忍なのよ。

 

(ヴィオレット、低い声で。) わたしは死んでいたいわ…

 

(アリアーヌ) ご自分をもっとよく理解なさい、あなた。あなたは生きることを情熱的に愛していると、私は、思っています — そう考えると、私は元気が出ます。私がジェロームから手紙を受け取ったら…

 

(ヴィオレット) 彼は手紙を書かないでしょう。

 

 

 

 

第十場

 

同上の人物、フェルナンド

 

(フェルナンド) あなたがいらっしゃるとは知りませんでしたわ。どうして私に前もって知らせておいてくれなかったの?

 

(アリアーヌ) 私、あなたがたお二人に、お別れを言いに来たのです。(フェルナンドに。)この六週間、めったにお会いすることがありませんでしたわね。

 

 

201頁

 

(フェルナンド) 私の妹はたいへんあなたの関心を惹いていますが、私のほうはもう関心の対象ではないですね。

 

(アリアーヌ) とんでもないことをおっしゃらないで。私は、あなたより完全な回復状態をほとんど見たことがありません。ドロー医師は、しょっちゅう私にあなたのことを、いくらか誇って話題にしますよ。

 

(フェルナンド) ええ、ええ、私は結構な例でしょうね。(ヴィオレットに。)セルジュ・フランシャールがきょうの午後、彼が話したサナトリウムのことで伝言を私に頼んできたの。そこはグランセと言って、グルノーブルの近くなのよ。そこに、法外の安価でモニクを受け入れさせることができると、彼は確信しているわ。彼の奥さんの一友人のおかげだって。あの愚妻さんが結構な人間関係をお持ちだと、信じなければならないわね。

 

(アリアーヌ) でも完璧じゃないの! 私がグランセをとてもよく知っていることを、あなたはご存じよね。私自身が創設者のひとりなのよ…

 

(フェルナンド) なんという偶然の一致! 

 

(アリアーヌ) 必要があれば私が一言言うのは簡単だわ…

 

(ヴィオレット) ほんとうにありがとうございます。でも、それは必要ないでしょう。

 

(アリアーヌ) というのは、もちろん、マダム・フランシャールが… 

 

 

202頁

 

(フェルナンド) けれども、あなたがかなりご親切でいらっしゃるのなら… これはもうひとつチャンスが増えたことになるわ。

 

(ヴィオレット) いいえ、いいえ、フェルナンド、わたしはマダム・ルプリユールのご親切を濫用したくないのよ。

 

(アリアーヌ) 濫用とはとんでもない。でも、フランシャール夫妻はあなたにこのささやかな奉仕をして嬉しいことでしょう… あなたは私に事情を知らせてくれますよね? 約束してくださいますか? (アリアーヌ、フェルナンドとヴィオレットに伴われて外へ出る。後二者は少し経ってから戻ってくる。

 

(フェルナンド) あなたたちは世界で最高のお友だちどうしね。素晴らしいわ…

 

(ヴィオレット、沈黙の後に。) 素晴らしい… どうして、あなたが偶然の一致と言ったとき、彼女は微笑したのかしら?