僕が存在することで
実は他人の人生に影響を
かなり与えてるんじゃないかな

高校受験のとき
出身高校に行きたいというこだわりがあって
担任の反対を押し切って受けて

受かった

そこまではいいのだが

僕が無理に受けたのに
一人落ちてしまったのだ

その子は別高校に行った

僕の行動一つでその人の今後を変えてしまったのだ

こういうことはいくらでもある

他人の存在によって
自分が影響を受けたり
僕という存在で
他人に影響を与えてることがあると思う



その人のすることが大きくなればなるほど
他人に影響が大きいことをする人であればあるほど

その存在により波及されるものは大きい気がする
例えば、スポーツチームの監督とか大統領とか
例は数々あるけど一般的に「ERAI」と言われているものすべて


存在というものが川にぽつんと立つ
岩のように流れに大きな影響を及ぼす

それが巡り合わせだとおもう

人が進む進路を大きく変えてしまうのだ

スポーツ選手でいえば
活躍する人は決まってよき指導者、機会に巡り合っている気がする


今、巨人のレギュラーである坂本だって
鳥谷というショートのレギュラーがいる阪神に入ってたら
今頃鳴尾浜(阪神の二軍)で走っている(くすぶっている)だろう

って阪神の監督が言ってたのを思い出す

要するに運による活躍、輝きはたくさんあるということ
その逆で不幸や納得できない結果も然り

僕自身、高校時代は剣道部だったけど
人数が多くてレギュラーになれなかったところがある

それに今の性格も親や家族、友人、出会った人など
どうしようもないものによってこうなっているんだと思う

運を引き寄せるには
いい上司、いい環境に巡り合う必要があるな

いいといっても合うか合わないかかな?


合った巡り合わせ、運が訪れることを願ってます

でも努力もしながら(笑)

バイト辞めるか考え中


正直、代わりはいくらでもいる



後は自分の踏ん切りと覚悟だけ



11月位に辞めさせてもらおう。

就職先に100%いいところは無いよ
って聞いたことがある

今、最終面接の結果待ちなところは
地元香川県にあるスーパーマーケット
受かりそうで怖いというのが正直なところ


正直就職しても
年収300万円が限界であって
それ以上は無い
しかもあまりいい思い出のない
香川県に帰らないといけない

でもいいところは
流通業に携われる
チームワークで仕事ができる
難しいことしないで済む
家賃が浮く
など

正直こんな感じ

いい面と悪い面があって
やっぱり手にしたものの悪い面ばかり見て
手に入らないもののいいところを見てしまう

言いかえると見るというより集中してしまう
というべきか

手にしているものに満足することから始めないと

当たり前と思ってることへの疑問から始まるかな?
大学の先生で具体的って言葉を
好んで使われる方がいる

突っ込んだ説明ってことだろうか?

反意語が「抽象的」だ

例えば、学校から駅までどれくらいの距離?

という問いに対し

けっこう遠い
疲れるくらい

って言うと抽象的だ

でも

800メートルくらい
歩いて10分なら
なかなかしっくりきて分かりやすい

なんというか
説明が自分の経験則から
体感的に掴みとれるというか

それが具体的ってやつかな
ピンとくるってやつ?


私の高校時代の剣道の先生は
「腰が引けてる」「努力する」
など抽象的なことしかしなかった

上手くなるための具体的なアドバイスはしなかった
どういう癖があるかは誰でもわかる

知りたいのはそれがそうやって矯正されるかという
具体的なアドバイスなのだ

指導者は指摘してそれで良しと考えている場合が多い

私は剣道の先生の発する根性論という名の
抽象的な話にうんざりしてた



僕は普段から具体的な行動が出来ていない

いつも「こうあればいいな」って思うだけで
それを現実に出来るように行動が出来ていない

考えるのはいいが
それから行動に移すことが大事だ
そうでないと現実は思うように変わってくれない

例えば僕が自動車免許取りたいと思った
そのためにハンドル切るのが遅いや、
慎重に運転しすぎてスピードが出せていない

と指導員から指摘されても

気にする前にどうすれば
直せるか具体的に考えていくことが大切だ

頭の中の世界は
非現実的なのだ

確か、「自分のしようとすることに触れまわる人はたいてい実行しない」
って言葉があった。誰が言ったかは忘れた


考えてばかりでなく実行して具体的に
目標に近づけることが大切だなって思うついこの頃
希少性のあるものに惹かれる


非売品
プレミア商品


解散したグループもそうだろう
希少性というものが存在する気がする

希少性のあるものは貴重なのだろう

私にとってそれはインターン先の友人だ
一年に数回しか会わないが
でもそれでも大好きな友人たちだ

インターン先の友人といると本当に楽しい
受け入れてくれるという包容力を感じる
正直、大学で出会った人たちの中でナンバーワンの
友人たちだと思う

毎日会えないから存在が貴重だ

でもそういう気持ちを私は大学の
ゼミの人たちには感じない
毎週会わなきゃいけない
毎週一緒に何かしなきゃいけなかったりする

正直めんどくさい

このめんどくささは
毎日顔を合わす家族の付き合いに似ている

だからかしれないけどその時その時の出会いに一生懸命になれない

毎日会うからその存在の大きさ、ありがたみがわからない
よく話すからその存在から受ける恩恵の大切さがわからない

もしゼミとインターンのメンバーが逆だった場合どうなっているか
今とは全く逆の心境になっているだろう

たまに会うからいいところばかり見える
いつも会うから悪いところが見える

希少な存在と接するとき
そこから楽しもうと思ってしまうから
あまり欠点は見えない

結婚すると毎日会えるから
夫婦が仲が悪くなるのと同じだ

希少性というものには
そこから何かを見つけ出そうとさせる
働きがある