21日、誕生日が来て


21歳の時間が終わる




21歳・・・。


いろんなことがあった

もうしんどかった


もうこれでもかってくらい自分をいじめた


でも、負けなかった


初めてバイトした

初めて徹夜でカラオケ行った

初めて女の子とのメールのやりとりをした

初めて海外に行った・・・


21歳の一年は「初めて」の経験が多かったです


バイトが一番しんどかったと思う

お金を稼ぐことってこんなに難しいんだ


留学もよかった

外国に行きいかに日本と常識が違うのか

よくわかった



その他もろもろ・・・。


でも一番感じてたのは

人との出会いがすっごく多かったということ

人は人によって磨かれるって本当だなって思いました


「その時の出会いが人生を根底から変えることがある」

って相田みつおさんが言ってたけど


いい影響を与えられる人になりたい


いろいろ変わることができ

悩み多い一年だったけど


でも悩みってのはすべて

取り越し苦労だって思い知らされた


一番大事なのは地に足をつけることだなって思った

自分に厳しくなって自己管理のできる人になりたいです。

・・・いや、なります


22歳の一年はどんな一年になるだろうか

正直僕にはわからない


23歳になった時どんな気持ちでどんなことを考えているか

今の僕にはわからない


ただ、来年の今頃は人生が決まっているなって思う

一年後の自分のために


どんどん自分に厳しくなって

地に足をつけた生活を送ろう

この前うれしいことを聞けた


僕が高校時代(補習科)にあったことのある

英語の先生(当時講師)が教諭採用受かったらしい


苦労して教諭になったからには

これから頑張ってほしい


ただ、母が教員してて聞く話によると

なかなか教員の世界は厳しいらしい


クラスの生徒から指示が集められないと

やってられないところがあるらしい



僕は周囲の家族が教員だということで

教員を目指したこともある


ただ、これは結果論になるかしれないが

教員にならなくてよかった


私が教員になると

楽しいのなんて最初の数カ月

それが過ぎれば全くやる気が起きなくなってしまい

仕事が苦痛になってしまう


カリスマ性があり

生徒に好かれるならまだしも

僕にはそれがない


それにまた別の方向もいいじゃないかって

最近思う

びっくりしました(@_@;)


あの空港は僕が留学での行き帰りで

もろにつかった空港でした


やっぱりフィリピンは少し危険なところが

あるというのは事実だと思います


ようするに油断してはダメだということですね


でも、フィリピンはまた

行ってもいいかなって国です


あそこの英語は現地語のタガログ語に

影響受けているらしく

普通の英語と少し違ってて

なかなか難しいところがあります


でも、かなり楽しかったです


夜のバーでレディ・ガガの

poker face、bad romanceを聞いたことを忘れない


あの二曲を聞くたびにフィリピンを思い出します


ではでは


今大学三回生でゼミに所属してますが

ゼミに僕とよく似たやつがいます


基本的に上から目線で話してきます

それをやめろって言うと

「自分も上から目線やからそうわかるんやで」

っていわれました

なるほど、妙に納得です


人間基本的に自分とよく似ている奴は

基本的に合わないといわれています


自分と同じ悪いところがあって

それが投影されて嫌なのと

無意識のうちにライバル意識が湧いてきて

お互い葛藤を生んでしますそうです



うーん、それを向こうも気付いていたから

びっくりしてます。

体にまだまだ疲れが残ってます


昨日はオールのカラオケ明けに


2~3時間睡眠でボーっとして

行きたくない行きたくない

と思ってたバイトに夕方から行きました




苦手な副店長さんも笑顔で迎えてくれて

うれしかったです(*^。^*)



ずーっとそのバイトは行くのがいやだなって

ネガティブな感覚に陥ってましたが

これでよかった(@^^)/~~~




さて、そのあとは家に帰ってゆっくりしてたら・・・

なんと12時まで眠気が起こらなかった



今日は朝、ケータイの目覚まし10時チョイにセットしたけど

9時半くらいに起きてしまった(@_@;)

まだケータイ鳴ってない




今日は11時からクラブのミーティング(MTG)と

午後からゼミのMTGです。

なかなかハードかと思いますが

全然ハードじゃない



今日も頑張りますか(^◇^)