言霊と空気圧
日本で戒律の強いイスラム教や
ユダヤ教はついに普及することなく、
キリスト教はクリスマスのような形で
しか全国民に普及せず、厳しい戒律
の仏教は骨抜きにされ、坊さんたち
はベンツに乗って、キャバクラに通う
変形で受け入れられたのです。
日本には日本人独自の戒律がある
ことは、以前、このブログで書きました。
日本人が法律よりも、神よりも恐れる
厳しい戒律...。それは何でしょう?
人からどう見られているのか?どの
ように思われているのか?これが、
日本では、法律よりも、宗教よりも、
上位にある最高の美徳だったのです。
この厳しい戒律が、日本独特の空気
ということばを生み出していたのです。
日本人が空気を読まざるを得ないの
は空気圧が強いからです。だからこそ、
海外へ一歩出た日本人はふやけて
しまい、大和撫子がイエローキャブに
変貌することもあるわけです!
日本人が言霊という表現まで使って、
ことばを大切にする理由も空気圧から
の開放でした。なぜなら、ことばは
連帯感へのアクセスであり、連帯感は
空気圧を下げてくれるからです。ことば
の意味そのものに重要性はありません
でした。ある意味、呪文のようにことば
がただ存在することに意義を見出して
いたのです。
ギャルが発するカ・ワ・イ・イ!もその
類です。
空気圧の中でことばを発すること事態に
意義を持たせ、ことばの持つ意味は二の
次だったのです。だからこそ、チョリース!
のような挨拶ことばが、大量に生み出され、
消えていくわけです。