君の。【短編小説 第1項】

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「今日はセミの声がよく響くな…」


日本の夏、独特の蒸し暑さと強烈な日差しが容赦なく襲う。
人々はこの暑さに参っているというのに、セミたちは休むことなく合唱を続ける。そして私も、彼らに負けじと作業をする手を止めることなく仕事していた。


「今度は踏まれないようにしてやるからな。」


夏場は外で遊ぶ子供達や、中高生達のたまり場になり、せっかく咲いた花達が踏まれてしまうことが多い。
最もその事にすら気づかないほど人々は夏に浮かれてしまうのだが、
私はその花達を見つけては、花壇に移し変える仕事を続けている。
おじさんの少し変わった趣味とでも言えば分かりやすいだろう。


「綺麗な花ですね。」


「…え?」


花壇の手入れをしているとよく話しかけられる。慣れている筈の事に戸惑ったのは、目の前に居る存在が今にも消えてしまいそうで、答えて良いものなのか分からなかっただと思う。


「あっ、お花が目にとまったのでつい、、すみません。」


「いや、こちらこそ取り乱してしまいました。申し訳ない。花が好きなんですか?」
 

「はい。好きです、とっても。」


そう言うと彼女は優しい顔で微笑んだ。
年甲斐もなく不意に胸がなってしまった事は気のせいだと信じたい。


「それは良かった。きっとこいつも今喜んでますよ。」
 

「喜んでる?」


「そう。貴方みたいな綺麗な方に見つけてもらって。」


「綺麗だなんてそんな。」


「あっ、失礼…つい、」


「いえ、嬉しいです。」


これは本心だろう。そう信じたくなるような優しい顔で彼女は微笑む。
私はどうも彼女の微笑みに弱いらしい、鼓動が早くなってしまう。
早く話題を変えないと身が持たなそうだ。


「そう言っていただけるとありがたい。
…けど本当に花は喜ぶんですよ。特にこいつみたいなコンクリートの割れ目から咲いて、どんなに踏まれたとしても強く生きようとする花達は。」


「どうして?」


「花屋に並んでる花達は勿論美しい。すぐ人々の目に止まる。けどね、美しいからこそ、人の目に晒されることを嫌うんです。それに比べこいつらは、踏まれてしまうような所に咲き、目立つこともありません。だから自分を見付けてくれた人には一番美しい瞬間を見せようとして、花が揺れるんです。僕にはどうもそれが喜んでいるよに見えてね。その瞬間を見るのが好きなんです。」


「…」


「あっ、いきなりこんな話をされても困りますよね、、、僕も似たようなことを事を語られた時、戸惑ったもんです。いやはや、申し訳ない。」


「…喜ぶ。ってより感謝してるように思います。いつも見つけてくれてありがとう、見捨てないでくれてありがとうって。」


「え?」


「きっと、大好きな人に喜んでほしいんだと思います。」


「…そう考えた事なかったな。」


「だから、貴方が今「その瞬間が好きだ」と言ってくれたから、花達も嬉しがってますよ。」


「分かるんですか?」


「はい!分かります。」


「この感じ、何だか懐かしいです…前にもこんな会話をした記憶が…っ!」


その時にはっとした。
懐かしさに気付いた時には、遅かった。
彼女はもういなくなっていた。


「…そうか、君か。」


一年前に他界した妻はいつも「私は花の気持ちが分かるの。何だか感じるの。」といって花を見つめては微笑んでいた。私は彼女のそんな姿が大好きだった。


「どうりで君の微笑みに弱いわけだ、、今も変わらず惚れてるなんて何だか悔しいな。」
 

言葉に出来ない温もりを感じる。


「心配で来てくれたのかな。大丈夫、しっかり君の大切な花を守り続けてるよ。」


勿論返答はない。
けれど、どこかで彼女が言っている。はっきりと分かる。君の気持ちが。


「そうだな。今はもう、"僕たちの"大切な花だ。」
                                              
— 短編小説 「君の。」—








僕の趣味の一つに、短編執筆があります。
ブログで上手く文章が書けなくなったり、ここ最近スランプでしたが、これを機に公開してみようと思いました。
拙い文章では有りますが、僕が大切にしている宝塚の「人混みの中で」という曲の歌詞からこの短編を書きました。

きれいな花は視線を嫌い。
名もない花は誰かに見てもらいたくて
力一杯生きている
それがこの小さな街の奇跡

この歌詞、素敵ですよね。
そしてこの主人公であるおじさんは、僕が出会った、無くなった奥様の趣味を継ぎ、「今もなお彼女と話している気分になるんだ。」と教えてくれた知人がモデルになっています。

ブログの他にこれからも、僕が今まで書き溜めてきた短編や新作などをここでご紹介できたらなと思います。
最後まで目を通して下さった方、ありがとうございました。僕の大切な作品が日の目を浴びる日が来るとは思いませんでした。ブログを読んでくださる方に感謝です。