登校や登園に不安のある市民の代弁者であり続けよう

 

5月15日(金)、分散登校が始まった小中学校と放課後児童クラブ(以下「学童」)を視察してきました。

感想と結論から先に申し述べます。

学校、学童ともに、これ以上ない感染防止対策を施されていました。ここまで徹底していれば、少なくとも我々大人が感染するリスクよりははるかに感染リスクが低減されているのではないかと感じました。家庭内での感染もありうると考えると、しっかり感染防止に取り組まれるご家庭と同等の対策がなされているとも考えます。

なお、参考までに申し上げますが、私が視察を依頼したのは前日5月14日の勤務時間外であり、小学校、中学校ともに校長先生は帰宅後でした。学童については、施設に連絡が行ったのは当日の朝です。したがって、市議会議員が来るから特別な準備をしていたということはありません。

 

こうして、しっかりとした学校や学童の様子を見た上で、私の結論は、「登校や登園に不安のある市民の代弁者であり続けよう」というものです。理由などは後述します。

そうした立場で、まずは視察の報告をさせていただきたいと思います。

 

 

小学校にて。子どもの密集と密接は避けられない。

 

私が訪れた小学校では、分散登校が始まった直後から先生方が話し合い、綿密な準備を進められたそうです。

教室は写真のとおり、いわゆる「ソーシャルディスタンス」がほぼ保たれています。私が確認した限りは全ての先生がマスクをして、教室は換気するなど、できうる限りの感染予防をされていたと認識しています。

子どもたちの順応性は素晴らしいもの。大人が戦々恐々鬱々としている中、満面の笑顔を浮かべる子どもたちの姿には、心配して視察している私の方が安心感を与えられたくらいです。

 

ただ、やはり子どもは子ども。授業が終われば仲良く近づいて歩きますし、校門を出れば、集まって仲良くおしゃべりします。

これを先生に「やめなさい」と指導させるのはあまりに酷です。

このような状況の中、「子どもから子どもへの感染はない」という医学的根拠が無い以上、我が子を学校に通わせるのが心配だと考える保護者がいることは極普通で、それを過保護だなどと差別的に言い放つことは、少なくとも私にはできません。

「学びが遅れることのリスク」と「感染リスク」とのどちらを選択するかは、当面子どもと保護者とで判断されるべきだと考えます。

 

現場力に驚かされてばかりの放課後児童クラブ

 

次に視察したのは、午前の登校時間を終えた子どもたちが利用する放課後児童クラブ、学童保育です。

この日の利用児童は30人余り。学年も違う、集団行動をまだ学びきれていない小学校1年生も利用する学童で、利用開始時刻に配置された支援員は2人。その上、私のような者がお邪魔したにもかかわらず、リーダーの先生からは、「ありのままの姿を見て行ってください」と声を掛けてくださいました。また、子どもたちにも、「今日はお客さんがいらっしゃったけど、みんなは普段通りにしてくださいね」と声を掛けられました。

お邪魔した11時半から12時半過ぎまで、現場の先生方によるあらゆる工夫に驚きの連続でした。

子どもたちが読んだ本は先生が一冊一冊消毒をしてから片付け、手洗いはこまめで、しっかりとうがいをするために天井にシールまで貼ってあります。

極め付けは心配していた昼食です。先生は1年生を残して残りの児童を外に出し、シートを敷かせてお弁当を食べ始めました。1年生もホールでシートを敷いてお弁当。先生は、「次は外で食べられるから、風で飛ばされるようなものはどこにお片付けするのか、練習しておこうね」と絶妙な指導をされていました。

外で食べている子どもたちも決して遊んだりしません。

休校、再開、休校と目まぐるしく状況が変わる中で、その都度工夫されて、子どもたちの安全のためにただでさえ忙しい中でここまで徹底されているとは想像を超えており、ただただ敬意を表するばかりでした。


 

中学校にて。将来を見据えた現実的な課題が山積している。

 

最後に視察したのは、私の中学時代の恩師が校長を務める中学校。悪ガキだった私は先生に相当借りがあるので、こういうときにこそ恩返しを、とばかり本音で語っていただき、解決に向けて動きたいと考えました。

まずは授業風景を見学。学校の至る所に、「トイレは○人まで」、「ソーシャルディスタンスはこの距離」などと掲示があり、小学校同様、私たち大人の感染防止対策がいかに生ぬるいか思い知らされました。生徒は全員体操着でした。着替えの場面が感染につながりかねないと判断されたそうです。

生徒たちは真剣に学習に取り組んでいて、小学校で見た和気藹々といった雰囲気はありませんでした。

 

校舎を一通り見せていただいたあと、校長室で今の課題や今後の心配事を聞かせていただきました。

まずは夏休みの過ごし方について。お邪魔した中学校には特別教室にエアコンが設置されていません。

学習量を補うために夏休みの登校を実施した場合に、特別教室では灼熱の中での授業になると懸念されていました。

 

また、部活動についても心配をされていました。全国中学校体育大会が中止となり、大会で活躍し、スポーツ特別枠で高校に進学しようと決めていた生徒の進路指導が難しくなっているとのこと。また、特別教室同様、真夏の部活動は生徒、先生ともに消耗が激しく、これを機に部活動のあり方を再考しなければならないとお話くださいました。

中学生にとっては、まだまだ先の長い人生と言えども、高校進学は人生初ともいえる大切な分岐点です。

9月入学の議論(私は反対)がなされようとしていますが、まずは今の生徒の状況を第一に慮ってできるだけ穏やかな着地点を探らなければならないと実感しました。

 

感染防止対策において「学校」は一様ではない。

 

視察を終えて、つくづく思ったのは、小学校1年生から中学校3年生、そして高校生、大学生を一律「学校に通う子ども・若者」と捉えて同一の仕組みで感染防止対策を講じるのはとても危険だということです。

それぞれ、学びの意義や感染リスクが異なるはずです。そして、すべての家庭で共通した価値観を持つことは極めて難しく、それを無理に押し付けてしまえば、あとで取り返しのつかない深い傷を子どもに負わせてしまいかねません。

 

小学校の校門付近で、「ああ。お前コロナにかかってるなぁ」という子どもの声を聞きました。周りの子どもは「コロナ、コロナ」と同調。もちろんふざけ合っている中でのやりとりなのだとは思いますが、もし、この子どもの中に感染者が出たとしたら、果たしてその子どもは感染前と同じように学校に通えるのでしょうか。差別、いじめ防止の強化は急務です。(視察した小学校では、道徳の授業で差別、いじめ対策について学ぶ場を設けるとのことでした。)

 

以前、2度目の休校直前に中学校を視察しました。人生の大切な分岐点を迎えている生徒とはいえ、体格のいい生徒が多く、教室は密集度が高いと言わざるを得ません。今のところ、「子どもから子どもへは感染しにくい」という事実があったとしても、果たして中学3年生は、身体的に「子ども」と言い切れるのでしょうか。とても心配です。

 

高校も、「北区から通っている。とても心配だ。」との声をたくさん寄せていただいています。本当に心配です。

 

専門家の皆さんは、「子ども」イコール小学校低学年の子どもとイメージしているのではないでしょうか。私の杞憂であればよいのですが。

 

学校再開の妥当性

 

感染拡大が収まりつつある中で、学校を再開することは妥当なのでしょうか。私は今回のコロナ禍で、社会の中で学校が果たす役割が単に「学ぶ場」だけではないということが明らかになったと捉えています。学校があるのとないのでは、児童生徒だけでなく、社会全体に大きな影響があるということが再認識されたからです。

 

私は、人手不足、財政難、低成長の中で、日本の社会は人とお金を減らす合理化一辺倒で突き進んできたと捉えています。本来は、人手不足や財政難をICT化などで穏やかに補いつつ、人手を減らし、生産性、付加価値を高めて確固たる成長する社会を形成すべきだったのではないでしょうか。

今の社会は、重りを吊るした糸のようです。どこかでその糸がたるむと、そこから重りまでの糸はそのたるみに応じてすべて動きます。全く遊びがない状態です。保育園が休みになれば仕事に行けない保護者が出てくる、学校が休みになれば、学びはすべて止まってしまう、、、こうして何かが変わると、すべてのことに影響してしまうのが今の日本のような気がしています。これは、医療・福祉、教育を学ぶために訪れたスウェーデンやオランダで見聞きした状況と比較しての感想です。

残念ながら、そのような状況を今すぐにただすことは極めて困難です。学校再開に妥当性があるとすれば、もう少し弾力性のある社会にするための準備期間として、感染拡大がある程度収まっている間は学校を再開する、その間にオンライン授業などの環境整備を進めるといった意義があると考えます。

 

このブログを書いている間に、新潟市から学校再開への手順やスケジュールが発表されました。多くの方が不安を感じていらっしゃるのではないでしょうか。

 

この間、電話、メール、SNS、ダイレクトメッセージなどでたくさんのご意見、悲鳴をお寄せいただきました。この場を借りて深く感謝申し上げます。感染者の関係者の方、自主的に学校を休ませて、「ずる休み、過保護」などといわれなき差別を受けられた方など、日常の活動では知り得ない情報、状況をたくさん教えていただきました。到底見過ごすわけにはいかないというのが私の立場です。

 

今のところ、新型コロナウイルス感染症は人類が今まで経験したことのない不治の病です。国内外を問わず、多くの尊い命が失われています。この状況を前に、医学的根拠なく「学校再開、子どもは大丈夫だから登校するのが当然」などと押し付けるのは順番が違います。(もちろん、新潟県、新潟市がそのような態度だとは申し上げておりません。)

 

花角知事がおっしゃられたとおり、気を緩め過ぎてしまえば、再び強い規制をかけざるをえない状態になるでしょう。

 

私は心配しすぎなのかもしれません。しかし、お一人でも学校再開に対して心配される方がいる限りは、ご批判を覚悟して、心配される方の気持ちに寄り添い、心配を取り除く努力をしてまいります。

 

最後に、学校、学童、保育、幼児教育に関わる皆様におかれましては、医療従事者の皆様と同様、この期間の対策に格段のご尽力をいただき、改めて敬意を表するとともに、心より感謝申し上げます。

 

一刻も早い終息を祈りつつ、引き続き精一杯頑張ります。よろしくお願いします。

 

新潟市議会議員 伊藤健太郎

 

追伸

予めお問い合わせいただいている事項の中で、ご報告すべきことに不足がありましたら、大変申し訳ございませんが再度お問い合わせください。よろしくお願い申し上げます。