「ずっと・・覚えてたのか」

 

 

 

 

「・・いや、“全部”思い出したのは

あんたが店に来た日だよ。」

 

「・・・そうか」

 

タメ息まじりに

また、手元に視線を落とした。

 

 

あの日・・

 

図書館から帰って来ると

玄関先で慌てて出て来たオンニと

ぶつかりそうになった。

 

ユジョンが帰ってこないから探してくると

 

俺も行くと言ったけど

ハルモニが寝てるから

家にいて欲しいと言われて・・。

 

リビングの隣の部屋。

 

様子を見に行っただけだった。

 

薬を飲んでいたのか寝息が聞こえて、

少しだけ近くに寄った時

枕元に置かれたノートに気づいた。

 

 

これ・・

 

 

見覚えがあった。

茶色のくすんだノート

 

表紙に貼られた星のシールが

小さなユジョンの声を連れてきた。

 

『こっちがスホヤ、こっちが私の』

 

紫の星はユジョンの。

黄色の星は俺の。

 

ただのノートだった。

ただ、オンニが買ってくれた

お絵描き用のノート。

 

 

・・・・。

 

起きる様子がないハルモニを

確認して、ノートを手に

音を立てないように部屋を出た。

 

立ったまま、広げたページ。

 

並んだ俺の文字、なぞる指が

震えた。

 

『きょうから、はるもにのいえ。

オンマはびょういんだから。

ヌナはたたかれてない。』

 

・・・・。

 

 

 

『アッパがかえってきた。

オンマがげんきになったから

あしたは みんなでどうぶつえん。

ヌナはこあらがみたい。

ぼくはゾウ。えほんのゾウをみたい。』

 

『やっぱり オンマはヌナをたたいた』

 

吐く息が、浅く、短くなってきたのが

わかった。

 

『きょうはオンマのびょういんにいった。

かえりにアイスをたべたら

ヌナがへんだった。

オンマはふたりいるっていった。』

 

言葉は、画をつれてきた。

 

奥の奥に閉じ込められていたのが

引きずり出されるように。

次々と。

 

 

 

 

急に聞こえる母親の大声

泣きながら何度も謝るユジョンの声。

 

あれは何を手に持っていたのか

あかく細く腫れあがった傷が毒々しく

ユジョンの小さな背中を這っていた。

 

意味がわからないまま

音で覚えていた言葉達。

 

『あんたなんかうまなきゃよかった』

『あんたのせいで何もかもうまくいかない』

『どうして邪魔をするの』

 

どの言葉も鋭く冷たく残酷な響きを持って

 

なぜか

 

 

ユジョンだけに向けられた。

 

なぜ、ユジョンを怒った母親が

俺に笑いかけるのかわからなかった。

 

ユジョンの姿が見えないのは

押し入れにいれられていたから。

 

食事もトイレに行く事も

許されなかった。

 

我慢できずに そこで

してしまったユジョンに

母親は、またキレた。

 

『出て来るな』と言われたのを

守っていただけなのに。

 

ある日を境に、俺達は

ハラボジ達と暮らすようになった。