【2:00】

 

 ◇ Red

 

ひととおり片付いたが、

スマホは見つからなかった。

 

ちょっと疲れて、

ソファに並んで腰かける。

 

「なかったね。」

 

「・・そうだね。どこに置いたんだろ。」

 

 

 

 

会話が続かない。

 

なぜか、ドクン、ドクンと心音が聞こえる。

 

視線が安定しない。

 

お互い自分の手を見ていた。

 

 

 

 

「今日、僕らと居て楽しかった?

幸せだった?」

 

 

急に聞こえた彼の声に

振り向くと、自分の手元を

みたままだった。

 

・・・。

 

まだ、気遣ってくれている。

 

空気が柔らかくなったのがわかった。

 

「・・うん、すごく。幸せだったよ。」

 

私が答えると、視線は上げずに

本当に嬉しそうに笑った。

 

 

 

「ヌナ。」

 

 

ふいに、彼が自分の右手を触り、

緑色の組紐様のブレスレットを外していた。

 

 

彼の手が私の左手を触った。

 

心臓が大きく打った。

 

彼の手が離れた後、

私の左手首には、ブレスレットが

つけ直されていた。

 

えっ!?

 

驚く私に、少し恥ずかしそうに

笑いながら言葉を続けた。

 

「誕生日プレゼント。

これ、ばぁちゃんがくれたの。お守り。」

 

さらに驚いて慌てて外そうとする

私の手を綺麗な手が覆う。

 

「僕があげたいんだ。

僕は、もう、たくさんのお守りがある。

そうなるように、ばあちゃんがくれたんだ。

だから、その願いごとヌナにあげる。

これからのヌナを守ってくれるように。」

 

 

脈拍が上がっていく。

でも、なぜか、

彼には気づかれたくなかった。

 

 

全身赤くなっているんじゃないか。

 

体の反応に頭が追い付かない。

 

視線が泳ぐ。

 

ふと見ると

彼の顔も真っ赤になっていた。

 

黙る私を見ない彼は、

ようやく声を出した。

 

 

 

「もし・・。」

 

言葉が続かない。

 

きっと一生懸命

言葉を探しているのだろう。

 

「もし、その、僕がそばにいる事、

嫌じゃなかったら・・」

 

咳払いをして彼は続けた。

 

「・・何かあったら、話してくれる?」

 

 

 

 

 

不思議な感覚に包まれた。

 

私は、自然と笑顔になった。

 

チラッと横目で私が頷いたのを見て、

さっきよりも小さい声で続けた。

 

「・・僕も何かあったら、

話し聞いてくれる?ここに来ていい?」

 

 

温かくて優しい気持ちになった。

 

彼を悲しませたくないと思った。

 

そして・・・

 

 

“弟”とは違う事を自覚した。

 

 

 

 

「・・いいよ。」

 

 

 

ゆっくりと顔をあげた彼は

嬉しそうに、四角い口で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、スマホは見つからないままだった。

 

靴を履く彼に声をかけた。

 

 

「これ、ありがとう。大切にする。」

 

 

振り向いた彼は、

嬉しそうに「うん」と笑った。

 

今まで言えた言葉がなぜか出にくい。

 

言おうと思うだけで

心音が大きくなった。

 

「おやすみ、・・テヒョンア。」

 

一番最初に

言えるようになった名前だったのに。

 

多分、今、顔が真っ赤だ。

 

目を合わせられなくて

彼の表情はわからなかった。

 

「おやすみ、ヌナ。」

 

扉が閉まる。

 

大きく息をついた。

 

扉に背中を預け、左手首に結ばれた

“お守り”をクルクルと回す。

 

自然と笑みがこぼれた。

 

私の中の時計が、カチッと音をたてて

動いたような気がした。