引き続き、『モリー先生との火曜日』から学んだことを書こうと思う。


モリー先生との火曜日 - Tuesdays with Morrie【講談社英語文庫】/ミッチ・アルボム
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第2火曜日:自分をあわれむこと。


モリー先生は、毎朝2、3分涙を流す。


理想論だけの聖人君子ではないところがモリー先生のいいところだ。


死を前にして、「死が怖くない」と言ったらウソになる。


動物の生存本能として「死にたくない」というのがホンネだろうし、自分の肉体が消え、存在がなくなってしまうのは、なにより恐ろしいことだ。


私が15歳のとき、兄弟のように親しい存在だった従兄弟の「和くん」が柔道の練習で頭を打ってしまい、その数日後亡くなった。


それまで死などというものを意識したこともなかったし、本当に存在するのかさえも考えたこともなかった15歳の私には、非常にショッキングな出来事で、彼の死を受け入れるのは本当に難しかった。


埼玉に住んでいた彼の家に家族全員でかけつけると、そこには、白い布を顔にかけられた和くんが布団に横たわっていた。20年以上経った今でも、そのときのことが鮮明に思い出される。


もう一緒に遊ぶことも、話すこともできないのかと思うと、悲しくて涙が止まらなかった。


自分の人生で、本気で思いっきり泣いたのは、後にも先にもあのときだけだったのではないだろうか。


もし生きていれば、大学に入り、就職し、結婚し、家族ができ、その都度、様々なことを話し、人生を分かち合うことができたはずだ。


死がそれを不可能にした。


そういう意味で、死は残酷なのだ。決して奇麗事では済まされない。



死を前にして、モリー先生は言う。


「必要なときには、まず思いっきり泣く。それから、人生にまだ残っているいいもに気持ちを集中する。会いに来ることになっている人のこととか。聞く予定の話とか。」


モリー先生は、正直に、「体がしぼむのは恐ろしい」と告白している。


そして毎朝、ネガティブな現実に直面し、悲しみで涙を流す。


だが、モリー先生はそこで止めない。ネガティブな現実を思いっきり直視した後、ポジティブな現実に目を向ける。


ポジティブ思考の大切さはよく分かるが、ネガティブな側面をまったく無視したポジティブ思考は無意味だ。ネガティブな側面を見ないようにすればするほど、それが心の奥底で恐れとなって大きくなってしまう。


一番いいのは、それから目をそむけず、それを直視することだ。


そして、過大評価も過小評価もせず、それをそれとして、そのまま受け止めてしまう。そうすることで先に進める。

そのために、「泣くこと」は大切なのだ。


私も和くんの死に直面したとき、悲しみと混乱で泣きまくった。


そして、そこから前を向き、残されたものは、悲しみを乗り越えて人生を生きていかなければならないのだ思った。



先日、読んでハッと思わされた言葉がある。


「自分がただ何気なく生きた今日は、昨日死んだ人がどうしても生きたかった今日だ。」



「今日自分が生きている1日は、死んだ和くんがどうしても生きたかった今日だ。」


そう考えると、今日をいい加減に生きるのは失礼だと分かる。


もちろん、人間だから、調子のいいときも悪いときもある。だが、心の姿勢として、与えられた1日を全力で生きてみたい。



「自分がただ何気なく生きた今日は、昨日死んだ人がどうしても生きたかった今日だ。」